鳩山、オザケン、清原

朝一番、ピンポーンとチャイムを鳴らして郵便集荷のおじさんがドア口に現れた。まだ四十代そこそこ、褐色肌に焼けた鳩山由紀夫のような風貌でなんだか元気なのか陰気なのかわからない。そのキャラの定まらぬおじさんは、仕事は仕事、という過不足ない朗接客口調で「段ボールの集荷にあがりました、4箱ですよね」と問うてきた。「はい、これです」と私。そして足下に流木のように不格好に転がる、段ボール箱を指し示す。私が昨晩1ミリも宙に持ち上げることができず、玄関口までピラミッドの積み石を運ぶ奴隷のように、ふんばり声をあげて背中で押しつづけた25キロの書籍箱だ。「これ重いんですよ、ごめんなさい」。おじさんにギックリ腰になられては困るので、あらかじめ断りを入れておく。するとおじさんは何も返答することなく、目だけで「ええ、わかってますよ」というふうに静かに相づち。それは大丈夫ってことなのか、色黒の鳩山由紀夫よ。するとおじさんは私の予想を遙かに超える怪力を発揮。慣れた手つきでひょいっと、ぬいぐるみでもかかえるように箱をひとつ持ち上げてみせた。おおっ。と、歓声の声までは漏れなかったものの、まちがいなく私はそのとき尊敬のまなざしで由起夫を崇めていた。それに彼も気付いたのか、箱を抱えたまま、まだまだ余裕ですよというふうにアパートの階段をあえて小走りで駆け降りていく。そして二箱目を取りに来たとにきには「すみませんね、雨が降っていて足場が悪いんで、一箱ずつにします」と、天候条件さえ揃っていれば「二箱だって余裕さ」というアピールを接客口調を崩さずかましてくる。おもしろいなー、このおっさん。よし、ここはひとつもっと誉めてみよう。そこで三箱目を取りに戻った際に「仕事で慣れてらっしゃるんですねー」と軽いジャブを投げ入れてみる。と、鳩山由起夫似の彼は、能面のようなその表情を崩し「いやー、やっ、そんなことはっ、やや」と感想なのか剣道の掛け声なのかわからない答を返してきた。帰り際「またなにかありましたら、いつでもどうぞっ!」と営業を終えた由起夫。語尾の小さな「っ」に、心なしか10分前より接客口調のゆるみを感じた。

午後、いつものようにフランス語のプライベート授業に向かう。今日はゴールデンウィーク明けのはじめての授業ということで、数人のクラスメイトは、みな田舎の土産物を持参している。私はどこにも行かなかったので持参品がない。しまった。と思っていると、隣のメタボな小沢健二のような中年男性が、広島のもみじ饅頭のなかでも一番美味いというもみじ饅頭を配ってきた。どうぞ、どうぞ、どうぞ、とすすめる彼。ああ、ありがとうございます。と受け取ると同時に、こういう土産物って美味しかった試しがないんだよね、と私の心なかの小悪魔がつぶやく。だが貰ったもんはその場で食べるのが土産道の掟だ。そこでその場で封を切り、ひとかけだけ口に頬張る。あれ、ほんとに美味い。抹茶あんの微妙な苦みと甘みの配合が最高だ。これ、ほんとに美味しいんですね。あとあと考えるとちょっと失礼なそんな私の感想に、とても紳士的な柔和表情のオザケンは、丁寧にひとしきりその饅頭の由来について語ってくれた。そして一時間半の授業後。彼はもし良ろしければどうぞ、ウチにはまだいっぱいあるんで、と配り余ったもみじ饅頭を10個ほど私の机にどかどか置いてくれた。ああ、ありがとうございます。帰宅後、わたしは腹がたぬきのように膨れるまで、うまいうまいともみじ饅頭を頬張りつづけ、夕飯時近くには饅頭疲れしていた。

これは運動しないと太る。そう思って夜6時も過ぎたころ、近所のジムに向かう。と、そこにもまた愉快なおっさんがひとり現れた。わたしが腹筋台でへばって休んでいると、ふんふん言いながらバーベルを猛スピードであげる、巨人の清原みたいな筋肉男が、視覚内ににじり寄ってきた。おもしろいのがきたぞー、と思い無意識に眺めてしまう。と、注目を浴びていることに気付いたのか、彼はゆったりと手持ちのバーベルをバーベル台に置き、おもむろに、重しをいくつか増加。そして、ふんふんというよりブッブッという感じで、鼻息と唾を床方向に吐きながら立位でのバーベルあげを再開した。ブッブッブッブッ、というたびにちょっとずつ近寄ってくる清原。あ、これはちょっと怖い。そう思った私は、この清原さんに関してはかまわずやり過ごすことにした。なるべく見ないで私は腹筋運動に集中。腹筋に集中、集中、集中。5分後、清原は去っていった。
なかなか愉快な一日だった。

(May 8, 2011)



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