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雲南省と文学とマルジェラ
いつになく忙しい日々がつづく。悪くはない。忙しくしていると善いことがふたつばかしある。ひとつは無駄なあれこれを考えすぎず時間を有意義に埋めていけること、もうひとつは金を使う暇さえないため預金がオートマティックにたまること。もちろんこうした労働コンベアー状態が長くつづくと、心がからっけつになってしまうので、あるときには休止し、ぼんやりと考えごとにふけることも必要。でもいまはこうしてまとまった時間を労働に費やすのも悪くないと思える。この不況のさなかとりあえず路頭に迷う心配をしなくてすむ、どころか、あと一月か二月おなじ勢いで働きつづければ下半期は遊んで暮らせるかもしれない。金の真の強味は、金のことを考えずにすむ時間をもたらしてくれることなのだ。
そんな仕事三昧の日々のさなか、雲南省から来た天才舞踊手ヤン・リーピンを取材する。彼女の出身地ではいまだ二十五もの少数民族が肩をならべ暮らし、北京や上海といった資本主義に汚染される都市とは異なる有閑な時がつづくという。蟻のジグザグ行進を子供たちが追いかけ、ちゃぷりと小川にひたる水牛の足下を魚がとおりぬけ、暮れていく赤い夕陽に孔雀が悠然とはばたいていく。ほんとうに美しい場所なんですよ。そう語る彼女の笑顔も、年齢不詳の楊貴妃のように美しい。ある国の大富豪に見初められいっとき結婚した経験もある彼女。「幸せはお金にはないですね」というクリシェにも強さが宿る。
取材後、いいかもねえ雲南省、とわたしの旅好きの虫が騒ぎはじめる。そして早速ネットで航空券を調べる。どうやら成田から上海まで飛んで、そこから国内線で雲南省の省都・昆明を目ざすのが正攻法らしい。上海までの航空券は、時価二万から三万。ヨージのセーターを一枚我慢したらいける値段だ、よしよし。そしてお次は中国のドメスティックフライトを調べる。上海から昆明、でポンと検索。出てきた価格に……愕然、いや啞然とする。往復1120円。なんど確かめても単位は「¥」だ。いやあ、そういえばヤンさんまわりのスタッフが、市内バスは一日乗り放題で1元(約13円)だと言ってたな。その物価でいくとこの価格も、ありえない話じゃないか。でもな、飛行機に乗る人間はおそらく村民じゃないわけだし。となるとこの価格は……と、両目をしばたたかせ画面上の数字に困惑しつづける。そして脳内は、ふたたびお金についての思考を廻りはじめる。
新たなプロジェクトの勉強に励もうとスターバックスに入ればコーヒが420円。ようやくセールだ万歳、とネットショップで英国製ランジェリーを購入すれば3200円。iTUNESをとおしてハイチ地震の救援金を寄付すれば2500円。日本、英国、ハイチと、落としたお金が辿りつく国はそれぞれ異なるし、同じ100円でも、それぞれのお金がもつ価値も異なる。べつだんハイチに寄付することが、無条件に価値が高いことだとも言いきれない。わたしにとっては女をあげるランジェリーに費やすお金も等価に大切かもしれない。要はその100円の使い道で、自分がどれだけの満足を得られるか。どれだけの幸福を得られるか。だから人は大金を持ったときに本性が明らかになる。怖いことだけれど、金の使いかたで人生観がおのずと暴露されるのだ。
昆明行きの航空券とにらめっこすること、10分ほど。わたしの指は「航空券予約」をクリックする2ミリ前まですすむ。が、ここは念のため、別サイトでもういちど調べてみる。その検索結果、1120元。……元。つまり1万5千円。なんだ、わたしがいま勉強資料として狙っている文学全集とほぼ同じ価格じゃないか。いや、マルジェラのセクシースカートも同じくらいの値段だったか。いやいや、洋服なんて俗な消費物に費やさず、やはり昆明、昆明。いやいやいや……。さてどうすることやら。雲南省で得られる幸せと、マルジェラで得られる幸せと、文学全集で得られる幸せ。わたしはどれを選ぶのか。
(January 17, 2010)
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