|
アラン諸島と精神美
海と石と蘚苔しかない人口数百人のアラン諸島から、ゴールウェイというこぢんまりとしたアイルランドの町と、イギリスのロンドンを経由して、フランス・パリに文明帰還して今日で二日目。急激な情報量の変化に脳の処理速度がおいつかず眩暈を覚え、サラダ・コンポゼの野菜に死んだ物体の苦味を感じ、自分の五感がいかにアラン諸島で研ぎ澄まされていたかを実感しているしだい。実際、この島ではかつて修道僧たちが自分の身を浄化するために7年ものあいだ孤独に滞在したという。いわば島全体が、体と頭を浄化するためのデトックス禅寺のように機能していたわけだ。
島から文明回帰して、都会の定義、としてまっさきに頭にうかんだこと。それは人が人を信じるのではなく、疑うことが先にたつということだ。人口が増えれば知らぬ顔も増える。不可避的に信頼関係を築くよりも、危険回避が至上命題になるわけだ。だからアラン諸島からフェリーとタクシーを乗り継ぎ、ゴールウェイに足を踏み入れて、監視カメラが設置されていたり、警官が闊歩していたり、また信号が忙しく点滅していたり、……という都会ではあたりまえの日常風景に新鮮な驚きをおぼえた。そうか、人は人を傷つける可能性があるんだ、というアラン諸島ではきれいさっぱり忘れていた「都会モラル」がちくちくと痛む棘を伴いながら体にはいりこんでくる。
島で話をしたパドレイクさん(アイルランド語読みではポーラクさん)という、かつてドゥーン・エンガス(高さ約90メートルの断崖絶壁にある先史時台の砦)という観光名所で働いていた男性の話によると、アラン諸島にも警官の存在はあるもののほとんど仕事はないという。「あえていうなら、ドゥーン・エンガスの石垣の石を、観光客が崖っぷちから海に放り込むのが困ることぐらいだね」。いかにも平和な島である。
人は都会にいくにつれ、社会との摩擦がふえて暴力的になるのかもしれない。
今日はパリの13区で、ヨーロッパ全土の移民問題を改善するためサルコジ政権とまっこう対峙するNGO団体CIMADEの広報関係者に取材をしてきたのだが、彼女は「人を人として扱わないこと。それが暴力の源になる」と語ってくれた。
たしかに人は、たとえちょっとしたことであっても、人に軽視されたり、見下されたり、侮蔑されたりすると、えもいわれぬ怒りを覚える。階級、見栄、名声、地位、といったちっぽけな勲章にすがるために人は人を傷つけるのだ。だが村中の人たちが知り合いのアラン島では、虚勢をはって生きても意味がない。人を拒絶して生きても意味がない。
「人は裸で生まれて、裸で死んでいくの。だから私にとってはどんな人も同じひとりの人間。相手を許容して、一緒に生きていくだけよ」
これは島でいちばんのアランセーターの編み手であるメアリーさんの人生哲学。彼女はこの哲学どおり、自分のセーターショップにシャロン・ストーンがお忍びで付き人と訪れたときにも、まったく同じように対応したという。それどころか、自分のセーターをセレブ自身は実際に手にとりもせず、付き人にすべてをまかせて購入していったため、いままで出逢ったなかでも最も礼儀をわきまえぬ非人間的な人間のひとりだと言いきった。
おそらくシャロン・ストーンは、パパラッチなどに追われる「人を信じられない」都会文明をたずさえたままアラン島に漂着してしまったのだろう。それでは、せかくアラン島を訪れても、この島が二十一世紀において奇跡的にたずさえている疑いのない「精神美」を吸収することができない。都会文明を身に纏ったまま戦利品のようにアランセーターを購入して帰って、それで果たしてアラン島を訪れたと言っていいものだろうか。
いろいろ、まだ頭のなかがごちゃごちゃと整理されていないが。言いたいことは「虚飾にみちたシティ・ライフと人間の暴力性」の関係性について、もっといろいろ考察したいということ。私とまったくかかわりのない場所で今日パリ・コレクションが開幕した、忙しない消費文化の大都市で、もう少しアラン島の時間感覚をたずさえたまま、思考をめぐらせてみたいと思う。



(September 30, 2009)
|