学習の花を咲かせる

南仏アヴィニヨンの町で、からっきし英語が通じなかった。そこで当座のまにあわせとして、私のむちゃなフランス語で日々をのりきることに。あたりまえだが言外のニュアンスというものが会話からどんどん抜け落ちてゆき、些細な齟齬から日本人に対するよくない誤解を招くことに。あまりにも悔しくて情けなくて、ちくしょう、次に来るときまでにはフランス語を絶対にマスターしてやると歯ぎしりしながら強く決意。帰国後、鉄は熱いうちに打て、とすぐさま行動を開始した。

そして現在ーー性格的に生真面目すぎてヨーロッパ人のノリがあわず「日本に逃避してきたの」と語るスイス人女性との対面式レッスンと、マルセイユ近郊の田舎町で「毎朝起床と同時に愛馬にまたがり遠乗りに出る」と笑う有閑マダムとの週2回のスカイプレッスンをはじめている。これが本当に楽しい。進歩が実感できて嬉しい。自分で言うのもなんだが、やはり学習というものは明解な目的があると上達も早い。また、もっと広く深く探求したいという欲もおのずと生まれてくる。そしてなんであれ、学習ではこの「欲望の錨」をがっしりと出発点におろすことからすべてがはじまるように思う。

話は飛ぶが、最近無謀にも、ダンテの『神曲』についての解説文をフランス語で読み進めている。とはいえもちろん、第一線の学者が発表している超高度な研究論文ではなく、私のフランス語力でもぎりぎり太刀打ちできるリセの生徒のために書かれた解説文。で、これがべらぼうにおもしろい。なにがおもしろいって、もちろんフランス語の知らない単語をぐんぐん学べるという愉悦もあるのだが、それ以上に、向こうの十代の学生さんの「学習方法」が把握できておもしろい。そこに提示されている学習スタンスは、あきらかに日本のそれとは異なるもの。テキストに書かれている文章が、すでに一方通行ではなく双方向性というか。つまり日本のように教師が生徒にただただ一方的に教え込むために書かれたテキストではなく、教師と生徒が会話を交わし子供たちの学習の「欲」を触発するように書かれているものなのだ。具体例をあげるなら、たとえば次のような質問が生徒には投げかけられる。

「ダンテの神曲『煉獄篇』では当時実在した、作家、画家、詩人、役人、政治家、などが数多く登場します。なぜダンテが彼らを煉獄におとしいれたのか考えなさい。またその同じ考えに沿って、現在あなたが知っている有名人のなかで誰が煉獄に落ちるかを考えなさい」

ね、おもしろい。私はこの一問だけで、三時間は思索的に贅沢な時間がすごせる。煉獄について考えたいという、学習の「欲」がむくむくと湧いてくる。黒縁メガネの無表情な先生に「煉獄とはこういうものですから、試験前に覚えるように」と、淡々と定義だけを教え込まれるのとはあきらかに異なる次元の学習がここには存在する。

ある脳科学者によると、学習は、インプットではなくアウトプットされたときに、最大限の効果を発揮するという。またかのベンジャミン・フランクリンも「知識は実行されたときに、はじめて力となる」と語っている。いま私は身をもって、これらの言葉は正しいと言いたい。またさらに、根に強い「欲」をもつ学習は大輪の花を咲かす、とちょっとカッコ良くつけくわえたい。

(September 1, 2009)



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