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学生宣言
人生で初めて本格的に勉強に励んでいる。これはもう本気で。毎日、受験勉強のようなカリキュラムを組んで勉強している。私はわりと一直線に、無駄なく、最低限の労力で、ミッションを達成するために最短距離を突っ走ってきた。それこそ人間ナビのように、目標を立てたら役に立たないと思える時間と行動はすべて切ってきた。それで友人もずいぶんなくした。でも上辺だけでミッションを成功しても、なんとも中身がすっからかんで空しくなることを数年前に唖然とするほど体感した。愛するもののために余裕のある時間を費やせない人間は、世界そのものを愛せないのだということをそのとき知った。
あたらしく連載を担当させてもらうことになった夏木マリさんもおっしゃっていたけれど、私も、テクニックや才能はないくせに夢だけがデカイ人間だ。だからとても苦しくなるのだけど、苦しくウンウン唸っているだけでは、なにも生まれてきやしない。むしろウンウンが自分の身体のなかにどんよりと溜まっていってドンドン苦しくなる。なので、ウンウンは撤廃して、コツコツ地味に励むことにした。ジュウネンかかろうがニジュウネンかかろうが、無数にある夢をひとつずつ達成していくつもりである。
でもこれが、なかなか爽快で楽しい。「体育」なんてカリキュラムを入れて、ジムに行って走ったり踊ったり。「フランス語」の時間を設けて、記憶力が最もあがるという就寝前に呪文のごとく異国語を唱えたり。あるいは「経済補習」なんて日を決めて、一日中、私の偏差値25な経済リテラシーをあげるべく本とにらめっこしたり。でも何より長距離走者の持久力を持って勉強しつづけたいのは、私の専業であるアートについて。これはもう、いくら勉強してもしたりない。もちろん、すべてがすべて前向きに臨めるほど面白い内容ではないけれど(私は歴史とか古典とか、昔の知識をただ単にインプットするのがとても嫌いだ)、仕事の勉強をするのはプロとしての義務である。ちょっと前までは、オタクのように家に閉じこもって本とにらめっこをしているだけでは、完全なるディレッタントにはなれたとしても、何もアウトプットせず世界に働きかけないのだから「不誠実だ」と頭ごなしに思っていたけれど。よくよく考えてみれば、いや考えてみるまでもなく、きちんと努力と労力と金銭的投資を費やしたインプットのないアウトプットほど不誠実なものはないのである。だからもう、いま私は黄色い帽子をかぶりたての小学生のように知的好奇心にあふれている。そうして、自分の書き手としてのフィールドを、いつか、マリアナ海溝のように深めると同時にゴビ砂漠のように広げたい。広めたうえで深める。それが私のいまの合言葉。
こんなことブログに書いても他人からしたら「勝手にやってね」という話だろうけど。私はとても弱っちい人間なので、公の場で宣言することで、やめるにやめられない状況を自分に強いたいのである。だから私はブログに書く。学生宣言を書く。
(June 29, 2009)
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