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温泉バージン
九州は別府に来た。ここは世界的に温泉がとても有名な場所だそうで、会う人、会う人、あらゆる人に「温泉に入って行け」と力強く薦められる。だが私は、実を言うと隠れ温泉バージン。どこかで何かの拍子に子供のころ入ったことがあるかもしれないが、意識的に、友人などと「温泉に行こう」と旅行を計画したことがない。というのも、あのだだっ広い空間で湯に浸かり、はて何をしたらいいのやら。とにかく間が持たないのだ。ただでさえ普段から女のくせに烏の行水派な私。会話の弾む誰かとならいざ知らず、たったひとりで湯につかる愉悦というものが分からない。ただ確かにせっかく来たのだし。なにか湯に入ることで超人的な元気が出るかもしれない。昨晩2時に原稿執筆がようやくあがり、じゃあまぁ、と宿内の最上階にある24時間営業の露天風呂に向かってみた。時間も時間なことだし、風呂場には誰もいない。ゆうに30人は入れそうな大浴場で、ひとり痩せた裸体をさらす私。ひたひたと水に濡れたタイルを歩く足音と、しんしんと寝静まる別府港の夜。そんな闇夜の静寂のなか、ちゃぽんと足先から湯に入る。痺れのような熱さに耐えて、ざらつく石段に生尻で座りこむ。見上げれば、半月が浮いている。
…………5分経過。
足をバタバタ。
………10分経過。
腕をちゃぽちゃぽ。
もういいや、寝よ。
と、そそくさと退散してきてしまった。私の温泉ロストバージンは、湯を味わう間もなく、肩すかしなほどあっけなくおわった。ただ風呂上がりの麦茶だけは、子供のころの夏休みの味がして格別に美味しかった。ああ大人な温泉の堪能法を教わりたい。
(June 15, 2009)
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