夜10時。ダウナーな現代音楽が響くメトロ「Arts et Métiers」駅から地下鉄を乗り継ぎ、トルコ人巨匠芸術家サルキスのインスタレーション作品『Litany』が展示される5区のグラン・モスクに到着。そこには視覚・聴覚・嗅覚のすべてから観客を刺激する、光と水とバラの香による聖なる瞑想空間が作りあげられていた。 »
夜10時。ダウナーな現代音楽が響くメトロ「Arts et Métiers」駅から地下鉄を乗り継ぎ、トルコ人巨匠芸術家サルキスのインスタレーション作品『Litany』が展示される5区のグラン・モスクに到着。そこには視覚・聴覚・嗅覚のすべてから観客を刺激する、光と水とバラの香による聖なる瞑想空間が作りあげられていた。 »
イベント好きで知られるパリ市長、ベルトラン・ドラノエ氏。その彼が考案し今年で8回目をむかえるアートイベントが「ニュイ・ブランシュ」。直訳するなら白夜祭と題されたこの企画は、その名のとおり、パリ市内で夜っぴいてアート祭りがくりひろげられる。夜7時から朝7時まで、初秋のパリのいたる場所で、世界中の現代アーティストたちによる作品が無料で展示されることになるのだ。筆者はこの祭りに、今年はじめて参戦してきた。 »
去るニューヨーク・シティ・バレエの来日公演で、もっとも観客を沸かせていたダンサーのひとりが弱冠25歳の俊英ダニエル・ウルブリクト。2年前にプリンシパルに昇格して以後、めきめきと頭角を現し、いまでは芸術監督ピーター・マーティンスの期待を一身に背負い、かつてバリシニコフが踊った『放蕩息子』や『ファンシーフリー』などの演目を次々に任されている。確かに、見るもの誰をも惹きつける陽性の舞台プレゼンスと、8回転ピルエットを難なくこなし小さな笑みを浮かべスッと制止してみせる正確無比なテクニックは、未来の大器を予感させる。自分の長所も短所も見極め、ざっくばらんに言葉にする。その躊躇いのないすがすがしさこそが、彼の踊り手としての最大の武器だ。 »
極東から極西へ、アイルランドの西の果て、アラン諸島へ旅してきた。芝生が生える音が聞こえるかと思えるほど静かで、虚勢や見栄や尊称といった対外的な利益のためにおこる争いごとから無縁に穏やか、ただ人々が太陽が昇ってから沈むまでの時間を丁寧にすごしているだけの僻地の島。否応なく「Living」という単語の意味をあらためて考えさせられざるをえない、純精神的に充実した旅をすごすことができた。旅の初日に降下したのは、三島のなかでも約160人ともっとも人口の少ないイニシュマン島だ。 »
夜9時。街にたまる暑熱がひんやり心地よく夜風に冷やされるとき、アヴィニヨンの人々は今日もめいっぱい人生を謳歌した喜びを実証する幸せな疲れに身を預けていく。劇場に集まる人々のなかにも、パフォーマンスを見るよりもむしろ、頭を枕にうずめ瞼を閉じてしまいそうな半醒半睡な顔がちらほら。このはなはだ不利な条件下で、セヴィリヤ出身の天才バイラオール、イスラエル・ガルバンは闘いに見事に完勝してみせた。仏『ル・モンド』紙ものちの劇評で「1300人の観衆のただなかに隕石が落ちた」とこの状況を表現。その言葉が決しておおげさとは思えぬほど、フラメンコ界のウィリアム・フォーサイスと称されるこの異端児は、おネムなおめめの観客の意識を一瞬にして覚醒してしまった。 »
旧ユーゴスラヴィアの小村カニッツァ出身の振付家ジョセフ・ナジの作品を、言葉にするのはとても難しい。彼の作品を見て、カフカ的閉塞感があるとか、ボルヘス的な魔術性に満ちているとか、ベケット的な哀しみに満ちあふれているとか、必死に頭をこねくりまわし文学世界の記号で語ることはできるけれど、なんだか、そうすればするほどナジの世界は遙か彼方に遠ざかっていくように思える。むしろ私は彼の作品に、触覚や嗅覚など、もっと原始的な直感でアプローチしたい。特に今回、パリのメゾン・デ・メタロスで見た『Les Corbeaux(鴉)』はラスコーの壁画やアルタミラの洞窟に通ずるような、人間のプリミティブな創作衝動をたずさえていて、まさに直感的な体験であった。 »