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	<description>Theatre Travelogue by Journalist Kyoko Iwaki</description>
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		<title>Interview 岩松了 / 劇作家・演出家</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Feb 2010 13:55:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[Theatre]]></category>

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		<description><![CDATA[劇作家・岩松了の芝居では、個々の登場人物が幾億光年へだてた惑星のようにぽつねんと孤独に浮いている。「人と人とは言葉によって完璧に理解しあえる」なんて、幻想にはきちんと折り合いをつけて。それでも舞台上の人々は、性懲りもなく他者への２ミリの理解を求め。臆病に、必死に、言葉を交わす。だから彼の芝居では「えっ」なんていう小さなセリフの奥底に、大河のごとき感情の濁流が流れていたりする。いわば「えっ」と言葉を呑みこんだその人間の体にこそ、岩松戯曲の真髄はあるのだ。

現在までつづく、某演劇雑誌でのロングインタビュー第１弾。
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			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/02/iwamatu_ryo-219x300.jpg" alt="iwamatu_ryo" title="iwamatu_ryo" width="219" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-658" />子供は見たままを言葉にする生き物だ。<br />
ポストが赤い、空が青い、たけちゃんが泣いちゃった。五歳児の言葉には、視覚と言語の一本道があるだけ。まったく迷いがなくすがすがしい。だが子供が秋空を仰いで「青すぎる」とつぶやいたらどうだろう。まずそんな子供がいたら気味が悪いし、いったいそのような生理にいたるまで、どんな感情的変節があったのかその子の心理を深読みしたくなる。</p>
<p>劇作家・岩松了のとる作劇法がまさにこれ。「！」と息を呑むような意想外の言葉を登場人物に吐かせておき、その深意をふかぶかと観客に読みこませる。つまり役者が口にするセリフをただ追っていけば「お話が楽しめますよ」という五歳児の一本道のような短絡思考はここにはなく、観客はつねに、セリフの裏にある女の枝毛のように複雑な心理をくみとっていかねばならないのだ。それゆえ岩松の芝居はたまに「わからない」とぼやかれたりする。とくに、言葉＝感情だと信じこんでいる無邪気な大人たちに。</p>
<p>　もちろん、そんな岩松にも子供時代はあった。しかも彼は別に空を見上げて「青すぎる」とつぶやくような変節少年ではなく、長崎・佐世保の野っぱらを駆けまわるいたって普通の男の子であった。六人兄弟の末っ子で名前は「了」。了君は意外なことにスポーツ少年であったという。</p>
<p>「今でもスポーツは大好きなんですけど、僕、中高とずっと野球部なんですよ。それに中学時代なんて３５０人以上いる生徒のなかでマラソンの成績が４番で。駅伝の選手になったりもして。放課後になると毎日毎日、校庭のトラックを何周も走りこんでいた。疲れ果ててもうダメだて思ったときに、隣で併走する先生に『岩松まだこっからだろー！』って叫ばれたりしてね。そんな熱い思い出があります。だから実は僕、今でこそ作家という職業をやってますけど。小学校のころは本を一冊も読んだことがないような少年だったんですよ」</p>
<p>　文学が身近になかったわけではない。むしろ岩松の母は強い文学癖があり、幼き了少年に対しつね日頃から「本を読め」とけしかけてきた。だが母親に「やれ」と命令されて「はい」と従順に応えるような男の子はめったにいない。岩松もその例に漏れず、母にやたらと読め読めと強制されるのがわずらわしく、野っぱらを、校庭を、野球場を日々駆けまわりつづけた。だが中学三年の頃から、彼のなかで何かが変容しはじめる。友情、恋愛、受験、未来。少年期と青年期の端境に立たされた岩松は、人生には野原を走る以外にも考えねばならないことがあるらしい、という崇高な疑念にぶちあたる。そしてふと気づけば、あれほど興味のなかった文学に目覚めていた。</p>
<p>「中学三年から高校を卒業するあたりまでは、とにかく文学に憧れつづけた時間でした。そのときいちばん感動したの川端康成の『伊豆の踊子』。と、夏目漱石。とにかく本を読まなければ人生はわからない、と思って手当たり次第に本を貪った。あと文学に浸ったわけには、受験勉強から逃げたい、という動機もあった。僕は勉強ができたので高校の先生にやたらと可愛いがられて。そいつらが東大行け東大行け、ってうるさかったんですよ。それが本当に嫌でね。僕は受験勉強するやつなんてバカだと思ってましたから。とにかく本を読んで、野球部に時間を費やして、受験から遠ざかっていた。ただ、無条件に東京に行きたいという衝動はあったんで。上京する理由づけのために大学には行きたくて、一年浪人して東京外国語大学のロシア語科に入学することにしました」</p>
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		<title>Interview ジル・ロマン / 芸術監督・ダンサー</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 12:23:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[「他の誰でもなく彼だけが……私のバレエを、継続し、保存し、所有するただひとりの人間だ」。２年前に逝去したバレエ界の巨匠モーリス・ベジャールから、まるで父子のような深くゆるぎない信頼をえて、ベジャール・バレエ・ローザンヌの芸術監督職に就任したジル・ロマン。この新たな統率者のもとカンパニーは、巨星を失ったのちも決して灰まみれの死火山になることなく、ベジャール自身も好んだ進取の気性にとんだ活発な創作に挑みつづけている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/01/gil-roman-236x300.jpg" alt="gil-roman" title="gil-roman" width="236" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-650" />一昨年の11月22日、スイス・ローザンヌの病院でモーリス・ベジャールが逝去した。まちがいなく二十世紀舞踊界を代表する巨匠振付家のひとりであり、一部の人々のための高尚芸術であったバレエに、まるでポップグループのような熱狂的センセーションをもたらしてしまった革命児。バレエ界にとってこの偉大な存在の消滅は、その銀河系で強烈な光を放ちつづけてきた恒星を突然失うかのような茫然自失の事件であった。だがそんな天才芸術家は、のちの世に自作を遺すべく無二の後継者を選んでいた。79年当時ベジャールが率いた「二十世紀バレエ団」に19歳の若さでダンサーとして入団し、のち34歳のときからは「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」（以下ＢＢＬ）の副芸術監督を務めるようになるジル・ロマン。ベジャールは、すでにこの世を去る１年前に「他の誰でもなく彼だけが……私のバレエを、継続し、保存し、所有するただひとりの人間だ」と明言。この遺志を受け継ぐかたちでロマンは、恩師の死去そくざにＢＢＬの芸術監督職に着任。そして「過去ばかりを見ていてはいけない。未来にむけて前進しなければ」と、早くも翌月の12月には、パリにある客席数4500の巨大施設パレ・デ・スポールで、ベジャールの遺作『80分世界一周』を上演した。</p>
<p>「ベジャールの作品を上演しつづけること、それは観客のためでもあり、ひいては人類全体のためでもあります。そしてそれは私のひとつの義務なのです」</p>
<p>　48歳とは思えぬ若く鋭い眼光からは、宙を飛ぶ孤高の猛禽類のような強烈な意志が放たれる。そして「ベジャール」という言葉をこちらが質問で口にするたびに「過去のことは話すのは止めましょう。いまは”私が”芸術監督なのです」とフランス語の主格Je(私)を力強く意思表示する。確かにいまＢＢＬを率いるのは。ベジャールの精神を受け継ぐジル・ロマン。新たな時代がはじまっているのだ。</p>
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		<title>Interview ピーター・マーティンズ / NYCB芸術監督</title>
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		<pubDate>Sun, 20 Dec 2009 14:03:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[ニューヨーク・シティ・バレエの芸術監督として、単独でカンパニーを率いるようになり今年で20年。西62丁目のオフィスビル、燦々と夕陽がさしこむ摩天楼最上階のディレクターズ・ルームで執務を取りしきるピーター・マーティンスは、63歳とは思えぬ若々しい好奇心で筆者を迎え入れてくれた。その小さな録音機は日本の最新機器か、東京の観客は今回の我々のプログラムをどう思っているのか。どちらが取材をしに来たのか分からぬほどの質問攻め。だがこの旺盛な好奇心があってこそ、ゆうに50を越えるシーズン演目を、つねに時代とズレのない視点で選び抜くことができるのだろう。NYCB2009 日本ツアー公式プログラムのために執筆したインタビューを転載。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/02/martins_teaching-207x300.jpg" alt="martins_teaching" title="martins_teaching" width="207" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-672" />—単独でＮＹＣＢの指揮をとるようになって今年でちょうど二十年。09/10シーズンの52演目のラインナップにも、あなたの現在に至る監督方針が表れているように思います。つまりあなたは、ジョージ・バランシンやジェローム・ロビンズといった巨匠振付家による遺産を受け継ぎながらも、それだけに頼ることなく、成功が保証されていない新人振付家の作品も採用している。現在、芸術監督として考えられていることを教えてください。</p>
<p>このカンパニーの芸術監督に着任した当初から、私のなかには不動のふたつのミッションがあります。ひとつはカンパニーの遺産を保持すること。もうひとつはつねに前身しつづけること。このふたつの目標はいっけん矛盾しているように思われます。けれど実際は、このふたつの指針がバレエ団設立当初からあったからこそ現在のＮＹＣＢが存在する。つまりたえざる挑戦のなかで伝統が培われてきたわけです。なので私には毎年、伝統と革新双方のことを考えてレパートリーの均衡を保つ責任が課せられる。不景気だからといって新人作品の上演をとりやめるようなことはありませんし、また逆に、年々バランシンという名前にぴんと来る客が少なくなっているからといって『セレナーデ』や『放蕩息子』を永久に封印してしまうこともありません。</p>
<p>——つまり言い換えるなら、商業的に市場分析をして観客に媚びたレパートリーを選ぶのではなく、新旧問わずカンパニーの芸術性を保持する演目に挑戦していくということですね。</p>
<p>そのとおりです。ただこれは隠さずに申し上げますが、私たちも別にマーケット分析をしないわけではありません。ニューヨークという絶えざる変化を宿命づけられた街でバレエ団を運営しているわけですから、観客がなにを望んでいるかというリサーチはできるかぎり行います。ただだからといって、そのリサーチ結果に則ってすべての演目を決めるようなことはしません。そうではなく大切なのは、調査結果を一貫性のある自分のフレームで読み直していくことです。</p>
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		<title>Interview ロメオ・カステルッチ / 演出家</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Dec 2009 17:37:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[Theatre]]></category>

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		<description><![CDATA[現代演劇界における異端の創造者。イタリア人演出家ロメオ・カステルッチには、アーティストというより「創造者」という称号が似つかわしい。それほど彼の生み出す作品群は、たった独りの人間によるものだとは思えぬほど圧倒的な知的精度とヴィジュアルイメージで観客に迫りくる。なかでも今回日本で上演されるダンテの『神曲』三部作は、鬼気迫るカステルッチの才能をみせつける大作群。この舞台に関して演出家本人に、今年４月ロンドンで取材を行った。強靱なロジックに裏打ちされた発言が、この創造者の尋常ならざる特異さをあらわしている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/12/due-300x225.jpg" alt="Romeo Castellucci" title="Romeo Castellucci" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-608" /></p>
<p>——今回、日本で上演されるダンテの『神曲』三部作（地獄篇・煉獄篇・天国篇）は08年度のアヴィニヨン演劇祭で世界初演され絶賛された作品です。地獄篇がヴィジュアルシアター、煉獄篇が物語演劇、天国篇がインスタレーションと異なるかたちで発表されました。なぜこのような創作手法をとられたのでしょうか。<br />
ロメオ・カステルッチ（以下ＲＣ）：ひとつ言えることは、私はここで『神曲』の解説を試みようとしたわけではないということです。ダンテはあまりにも偉大であり、あまりにもその作品が壮大なため、それそのものを形にしようとすることがまず不可能。そこで私はダンテに挑むにあたり、ダンテの本を閉じることから始めました。そしてこのイタリア語の父とされる国民的詩人が、その想像力によりこの世に存在しない世界をつむぎあげたのと同様に、私も自分の想像力を頼りに創作の旅路に挑むことにしたのです。そして最終的には、インフェルノ（地獄）、プルガトリオ（煉獄）、パラディソ（天国）という三つの言葉が象徴する「人間の状態」を描くことに決めました。とはいえ地獄、煉獄、天国は、個々人のなかに異なるかたちで存在します。また個々の生活のなかでも異なる時間に存在します。こうした理由からおのずと、三つの作品は別々の手法でかたちづくられていくことになりました。<br />
</br><br />
</br><br />
——『地獄篇』では名もなき無数の人々が登場すると共に、アンディ・ウォーホールが現れます。なぜウォーホールなのでしょう？<br />
ＲＣ：ダンテは地獄の案内人に古代ローマの詩人ウェルギリウスを選びましたが、私はウォーホールを選んだのです。なぜなら彼は、今日の芸術の「匿名性・無名性」という素晴らしい概念を発明した人だから。たとえば彼は自作において、毛沢東の肖像画とバナナの静物画を等価なものとみなしました。つまり彼は描く対象をアイコン化することにより、歴史的背景や文化的な重みというものを無化してしまったのです。そして、すべてを表層的なイメージで捉え「未来には誰もが15分は世界的な有名人になれる」という言葉を放った。私の考えではこの一文は、現代の地獄の門に刻まれる文言にもなりえます。だからこそ私も『地獄篇』において、ウォーホールのように表層的なイメージを収集するかたちで作劇を進めていったのです。<br />
</br><br />
</br><br />
——『煉獄篇』は家族劇。しかも家庭内の暴力の物語でありギリシャ悲劇を連想させます。<br />
ＲＣ：そのとおりです。ギリシャ悲劇において暴力はおもに、血縁関係の物語で頻出します。私はこの事実を参考に、みずから物語を考案しました。と同時に本作では、神学的なテーマも多く採用されています。たとえば「父が息子を生贄にする」という話は、旧約聖書のアブラハムの例を出すまでもなくキリスト教文化に多く見られるテーマです。ですから、劇中、息子が父と登る舞台後方の階段は、生贄を捧げるための山とも捉えられますし、ダンテの描いた煉獄山を象徴する山とも捉えられます。『煉獄篇』は他の二作に比べると、いっけんオーソドックスな演劇的時間が流れているように思えます。けれど、ある目にみえない隠された暴力の瞬間をきっかけに、芝居の性質が急変します。そして写実的な方法論がいっぺんして、夢想的な、まるで子供の夢のような場面がくりひろげられていくことになります。いずれにしろ、私はここで現実世界の何かを説明したいわけではありません。演劇とは、別世界との出逢いであり、この世の解説ではありませんからね。<br />
</br><br />
</br><br />
——『天国篇』のインスタレーションは、どちらかというと美しい至高天よりも地獄の常闇を思わせる作品ですね。<br />
ＲＣ：ダンテの描いた『天国篇』は光への旅路でした。しかし私の作品では、あえて光を否定的な観点から捉えてみました。つまり観客をいったん闇の空間に入れてみることにしたのです。暗闇に包まれた観客の目は、徐々にそれに慣れていきます。そして時の経過とともに、周囲の情報に敏感になっていき、そしてあるときある物体がゆっくりと姿を現してくる。私はこのプロセスそのものを、光のひとつのかたちとしてとらえ提示したかったのです。</p>
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		<title>Interview with Akram Khan / Choreographer</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Dec 2009 16:16:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[Theatre]]></category>

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		<description><![CDATA[Only in his mid-thirties, this young British- Bangladeshi choreographer has already tied up with the top-list greats in the bustling art world, gaining him a dashing stellar career and a center stage spotlight. Some of the names among his eminent co-workers are, the controversial British sculptor Anish Kapoor, the French ballet diva Sylvie Guillem,
and the international pop icon Kylie Minogue. And now with his newest creation in-i another beautiful name joins this list, the Oscar-winner actress Juliette Binoche. Okay, so some blabby critics and journalists are gradually starting to call him a high-flying careerist…but is he really so? Meeting up with him in a cozy restaurant in Paris, the man sitting in front of me with a café crème and a warm judicious smile, just seemed to be having fun staying true to his inexhaustible curiosity. ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_586" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/12/thumbnail-300x199.jpg" alt="Photo © Tristram Kenton" title="Akram Khan" width="300" height="199" class="size-medium wp-image-586" /><p class="wp-caption-text">Photo © Tristram Kenton</p></div> Only in his mid-thirties, this young British- Bangladeshi choreographer has already tied up with the top-list greats in the bustling art world, gaining him a dashing stellar career and a center stage spotlight. Some of the names among his eminent co-workers are, the controversial British sculptor Anish Kapoor, the French ballet diva Sylvie Guillem,<br />
and the international pop icon Kylie Minogue. And now with his newest creation <em>in-i </em>another beautiful name joins this list, the Oscar-winner actress Juliette Binoche. Okay, so some blabby critics and journalists are gradually starting to call him a high-flying careerist…but is he really so? Meeting up with him in a cozy restaurant in Paris, the man sitting in front of me with a café crème and a warm judicious smile, just seemed to be having fun staying true to his inexhaustible curiosity. </p>
<p>——Since your breakthrough in <em>Zero Degrees</em> (05) you have been dubbed as the “ Prince of contemporary dance”.<br />
<strong>Akram: </strong>Well, I know. But frankly, I don’t care much about how I am looked upon. I just do what I want to do. Which is, by the way, usually the extreme opposite of what people want me to do. I mean, the truth for me is, that you can never play safe as an artist. You always have to take risks. That is the only true way for creating art. But anyway going back to your question, yes,<em> Zero Degrees</em> was a creative milestone for me. Because before that, in the early days, I used to perform to a lot of empty seats. It was such a depressing life, and I thought I ‘m such a depressing artist. Nobody sees me. I must be doing crap. Then one day a Hindu musician I know came up to me and said, “Imagine that each empty seat has a God sitting there”. So from that day on, faithfully taking in his advice, I put Krishna and Ganesa and Siva and all the Gods I knew in the audience.</p>
<p>——Wow, that is quite an audience.<br />
<strong>Akram: </strong>It is. And also what you’re going to present to Krishna is totally different from what you’re going to present to Siva. Each of them is individual. So in a way, you become tremendously sensitive and aware of all these Gods in the theater. And for me, this goes exactly the same with people. Once you’re in a theater, you contact each and every one of them differently. The Japanese choreographer Saburo Teshigawara once said something very beautiful regarding to this concept, which I quite agree. He said that if there is 450 people in the audience, and one hour later it becomes 451, because one person comes in late, his whole breathing changes, as he senses every single person in that room. It is the same with me, or at least I’d like to think it is the same. On stage, my five senses are fully awake.</p>
]]></content:encoded>
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		<title>Paris Report / ジャネット・カーディフ「40 声のモテット」 ニュイ・ブランシュ(3)</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Dec 2009 13:08:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Travel]]></category>

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		<description><![CDATA[トルコ人アーティスト・サルキスのインスタレーションですがすがしい充足感を得たのち、メトロには乗らず、気ままに夜の散策を愉しむことに。ソルボンヌ大学のあるカルチェ・ラタン地域を通り抜け、セーヌ川を渡り、対岸のシャトレ＆マレ地域へというルートを辿ることに。カナダ人アーティスト、ジャネット・カーディフによる圧巻の音響インスタレーション『The Forty-Part Motet 40 声のモテット』やマーク・ウォリンガーの『Threshhoold to the Kingdom』を観てまわる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/12/IMG_0073-224x300.jpg" alt="IMG_0073" title="IMG_0073" width="224" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-572" />パリは予想以上に小さな街だ。地下鉄駅にして５つほどの距離があったとしても半時間も歩けば余裕で到着できてしまう。しかも今宵は街のいたるところに驚きにみちたアートが設置されている「百夜祭」。好奇心の赴くままに街角に視野を飛ばしていけば、いくらでも疲れ知らずに歩けてしまう。そこで筆者は、先週の稿で書いたように、トルコ人アーティスト・サルキスのインスタレーションですがすがしい充足感を得たのち、メトロには乗らず、気ままに夜の散策を愉しむことに。ソルボンヌ大学のあるカルチェ・ラタン地域を通り抜け、セーヌ川を渡り、対岸のシャトレ＆マレ地域へというルートを辿ることに。観光と芸術鑑賞をかねた、真夜中の散歩に気持ちは弾む。</p>
<p>余談だがそうして夜風に吹かれながらのウォーキングを開始してすぐに、アルことに気づく。ここはフランスのパリだというのに、耳に飛び込んでくる言語の半分が、ハンバーガーの匂いのするブロークンな英語。パリはむろん多国籍な街ではあるけれど、この英語の多さは普通でない。アメリカで発刊されている旅行ガイドブックなどでニュイ・ブランシュが大量宣伝されているのだろうか？　だがもしそうしてこのフェスティバルが、地元民以上に観光客をもてなす産業の一部になっているのだとしたら、それはパリ市長としては願ったりだろう。アートで街のイメージアップを計れると同時に、経済効果も高められるのだから、まさに一石二鳥だ。</p>
<p><em>写真：ドイツ人映像作家メラニー・モンショウの作品を上映していたシャトレ座前は、深夜だとは思えぬ黒山の人だかり。待ち時間を表示する看板を見に行く勇気もなく、後ずさりして帰ってきてしまった。</em></p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>Paris Report / サルキス「Litany」ニュイ・ブランシュ(2)</title>
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		<pubDate>Sun, 29 Nov 2009 02:58:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Travel]]></category>

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		<description><![CDATA[夜10時。ダウナーな現代音楽が響くメトロ「Arts et Métiers」駅から地下鉄を乗り継ぎ、トルコ人巨匠芸術家サルキスのインスタレーション作品『Litany』が展示される5区のグラン・モスクに到着。そこには視覚・聴覚・嗅覚のすべてから観客を刺激する、光と水とバラの香による聖なる瞑想空間が作りあげられていた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_562" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/11/DSC52461-300x199.jpg" alt="Photo © Marc Verhille/Mairie de Paris" title="Sarkis / Litany" width="300" height="199" class="size-medium wp-image-562" /><p class="wp-caption-text">Photo © Marc Verhille/Mairie de Paris</p></div>高揚感はメトロを待つときから高められる。地下鉄的構内に響きわたる、どこか夢想的な倦怠感のたゆたう現代音楽。どうやらこれも作品の1つらしい。のちに調べたところによると、これは毎週日曜夜11時からラジオ曲フランス・クルチュール(France Culture)が放送している、かなり前衛的な音響番組ACR(L’Atelier de Creation Radiophonizue)で、13週にわたり放送された音楽をリミックスしたものだそう。世界的マルチメディア・アーティストのローリー・アンダーソンや、リトアニア人の実験映画監督ジョナス・メカスがたずさわった放送回の音楽も含まれているという。</p>
<p>　さて、そんなダウナーな酩酊状態に意識をひきずりこまれそうなリミックス・ミュージックに耳を澄ましながら、いざアール・エ・メティエ駅を出発。途中7番線に乗り換えて、5区にあるプラース・モンジュ駅で下車した。</p>
<p>　このあたりは、いつもなら夜中には閑散とした静けさに包まれる地域。だが今日は目に見えて人通りが多い。しかも彼らがみな同じ方角、トルコ人巨匠芸術家サルキスの作品『Litany』を展示するグラン・モスクに向かっている。この人たちみんな、モスクのなかに入るのかしら。小さな不安が脳裏をよぎる。そして予感は的中。満月を借景に美しいミナレット(尖塔)がそびえるモスクに到着すると、この歴史的建造物の周りをぐるりと、推定400メートルトラック1周半分の行列が取りかこんでいた。そして入口には「待ち時間、約45分」の立て札。帰ろうかな。一瞬、気持ちが折れる。</p>
<p><em>写真：イスタンブール出身の巨匠芸術家サルキスは、パリ市内最大のモスクで光と水と香りを用いたインスタレーション『Litany』を展示。モスク内部、パティオの泉亭から夜空にむかって光線が伸びる。あたり一帯にはバラの香が漂う。</em></p>
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		<title>Paris Report / 眠らぬパリの芸術祭「ニュイ・ブランシュ」(1)</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Nov 2009 09:34:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Travel]]></category>

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		<description><![CDATA[　イベント好きで知られるパリ市長、ベルトラン・ドラノエ氏。その彼が考案し今年で８回目をむかえるアートイベントが「ニュイ・ブランシュ」。直訳するなら白夜祭と題されたこの企画は、その名のとおり、パリ市内で夜っぴいてアート祭りがくりひろげられる。夜７時から朝７時まで、初秋のパリのいたる場所で、世界中の現代アーティストたちによる作品が無料で展示されることになるのだ。筆者はこの祭りに、今年はじめて参戦してきた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_569" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/11/DSC52691-300x199.jpg" alt="Photo © Marc Verhille/Mairie de Paris" title="_DSC5269" width="300" height="199" class="size-medium wp-image-569" /><p class="wp-caption-text">Photo © Marc Verhille/Mairie de Paris</p></div>現在のパリ市長はよっぽどオモシロ好きらしい。<br />
　『リベルテ（自由）に生きる』と題された自伝でも知られるベルトラン・ドラノエ市長は、来年還暦を迎えるチュニジア生まれのリベラルな政治家。毎年６月の最終土曜日に催されるゲイ・パレードで、先陣を切って堂々闊歩するオープンな同性愛者としても知られ、01年に保守系のジャン・チベリ氏に代わりパリ市長に選出されて以後、さまざまなオモシロ企画を実現させている。</p>
<p>　たとえばパリ市内全域を１日１ユーロで利用できる公共自転車レンタルサービス「ヴェリブ」。あるいはセーヌ川沿いの道路を夏の盛りに完全封鎖し人口海浜をつくりあげてしまう「パリ・プラージュ」。当初は「いったい誰がセーヌ川沿いでビキニを着るんだ」と白眼視する人もいたものの、以外や以外、これら企画は多くのパリ市民に受け入れられ予想以上に好評をはくしている。</p>
<p>　なかでもドラノエ市長の祭り好きな血がじかに反映されている企画が、毎年10月の最初の週末に行われ、今年で８回目をむかえる「ニュイ・ブランシュ」。直訳するなら白夜祭と題されたこの企画は、その名のとおり、パリ市内が夜７時から翌朝７時まで夜っぴいて祭り騒ぎをくりひろげる催し。ノートルダム寺院からルクセンブール公園、パリ市立劇場からスーパーマーケットＭｏｎｏｐｒｉｘの店内にいたるまで、すでに肌寒い初秋のパリのいたる場所で、世界中の現代アーティストたちによる作品が無料で展示されることになる。</p>
<p><em>写真：カナダ人アーティスト、ミシェル・ド・ブロワン(Michel de Broin)による屋外インスタレーション作品『La Maitresse de la Tour Eiffel（エッフェル塔の愛人)』。ルクセンブール公園に巨大クレーンでミラーボールを吊り下げ、パリの夜をまば ゆい光の空間に変えていた。</em></p>
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		<title>Interview ダニエル・ウルブリクト / バレエダンサー</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Oct 2009 15:12:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[去るニューヨーク・シティ・バレエの来日公演で、もっとも観客を沸かせていたダンサーのひとりが弱冠25歳の俊英ダニエル・ウルブリクト。２年前にプリンシパルに昇格して以後、めきめきと頭角を現し、いまでは芸術監督ピーター・マーティンスの期待を一身に背負い、かつてバリシニコフが踊った『放蕩息子』や『ファンシーフリー』などの演目を次々に任されている。確かに、見るもの誰をも惹きつける陽性の舞台プレゼンスと、８回転ピルエットを難なくこなし小さな笑みを浮かべスッと制止してみせる正確無比なテクニックは、未来の大器を予感させる。自分の長所も短所も見極め、ざっくばらんに言葉にする。その躊躇いのないすがすがしさこそが、彼の踊り手としての最大の武器だ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_533" class="wp-caption alignleft" style="width: 160px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/10/Daniel1-150x150.jpg" alt="Photo © Paul Kolnik" title="Daniel" width="150" height="150" class="size-thumbnail wp-image-533" /><p class="wp-caption-text">Photo © Paul Kolnik</p></div>ーー子供時代は空手少年だったそうですね。いつ頃から、空手よりもバレエのほうがいいと考えるようになったのですか？<br />
　そうだな、だいたい12歳ごろだったと思う。とにかく僕は自分の将来について、少し間をおいて考える必要があったんだ。で、当時から僕は、空手に関しては少し懐疑的なところがあった。なぜなら空手ではそうとう成功しないと、たとえば『ベスト・キッド』のような映画に出演したり、自分の学校を開けるほど出世しないと、キャリアを築くことは難しいことがわかっていたから。将来を賭けることに不安があった。その反面バレエは、踊る才能さえあればキャリアが拓けていく可能性は十分にあるように思えた。それで僕はバレエも空手も同じぐらい好きだったけれど、苦渋の決断として、バレエを選ぶことにしたんだ。けど当時の僕は、まさか自分がこうして毎日のように舞台に立ち、大都会ニューヨークで暮らし、しかも東京にパフォーマンスをしに来る日がこようなんて予想だにしていなかったよ。今、僕は「ダンサーになる」という決断をくだした自分の人生に毎日のように驚かされているんだ。</p>
<p>ーーいずれにしろ、ダニエル少年はダンスを選んだ。決断力のある12歳だったのですね。<br />
　決断を後押ししてくれたバレエ教師がいたこと、幼い僕に「バレエを愛すること」を教えてくれた先生がいたことも非常に大きかったように思う。キャリアなんて、一粒のやる気の種さえ植え付けてしまえば、あとはその種をどううまく育てていくかだからね。僕の場合は「バレエの種」を育ててくれる教師に恵まれたことが幸運だったように思う。あとは両親の励ましも大きかったな。あるとき僕は両親に言われたんだ。「ダニエル、おまえが掃除夫になりたいっていうんなら、それは素晴らしいことだ。だけどもしバレエダンサーになりたいなら、それも素晴らしいことだ」ってね。だから僕は心置きなく自分の好きなことに励むことができたんだ。子供というのは親からの無条件の支えがあってこそ、自分の将来を追求することに１００％集中できるものなんだよね。</p>
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		<title>Travelogue イニシュマン島の静寂</title>
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		<pubDate>Fri, 09 Oct 2009 17:24:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Travel]]></category>

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		<description><![CDATA[極東から極西へ、アイルランドの西の果て、アラン諸島へ旅してきた。芝生が生える音が聞こえるかと思えるほど静かで、虚勢や見栄や尊称といった対外的な利益のためにおこる争いごとから無縁に穏やか、ただ人々が太陽が昇ってから沈むまでの時間を丁寧にすごしているだけの僻地の島。否応なく「Ｌｉｖｉｎｇ」という単語の意味をあらためて考えさせられざるをえない、純精神的に充実した旅をすごすことができた。旅の初日に降下したのは、三島のなかでも約１６０人ともっとも人口の少ないイニシュマン島だ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/10/DSCF0584-150x150.jpg" alt="DSCF0584" title="DSCF0584" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-498" />　極東から極西へ、アイルランドの西の果て、アラン諸島へ旅してきた。<br />
　芝生が生える音が聞こえるかと思えるほど静かであり、虚勢や見栄や尊称といった対外的な利益のためにおこる争いごとから無縁に穏やか。ただ人々が太陽が昇ってから沈むまでの時間を丁寧にすごしているだけの僻地の島。否応なく「Ｌｉｖｉｎｇ」という単語の意味をあらためて考えさせられざるをえない、純精神的に充実した旅をすごすことができた。</p>
<p>　さてこの清心な感覚がすっかり自分の身から抜け落ちてしまわぬうちに、文字に書きおこしておこうとおもう。</p>
<p>　まずは島の概要から。アラン諸島とは、イニシュモア（モア＝大きな島）、イニシュマン（マン＝真ん中の島）、イニシュエア（エア＝東の島）の三島からなる小島群。「ゲールタクト」という現在ではアイルランドでたった２％しか残存しないゲール語使用地域として有名で、喉の奥で微かにうめくような持続低音を響かせる「グラマハァグットゥ」という鈍色の挨拶があちこちで交わされている。旅の初日に降下したのは、三島のなかでも約１６０人ともっとも人口の少ないイニシュマン島。本土コネマラ空港からエアー・アランアイランズの小型プロペラ機でたった７分の飛行時間で、「飛ぶ」というよりノミのように「撥ねて落ちる」感覚で岩盤の大地に降りたった。</p>
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