
陽が昇ると、この街では中世の彼方からモーニングコールが届く。最初は重たいふたつの低音、そしてそれにつづく朗らかな軽音。居候先から目と鼻の先にあるパレ・デ・パップ(法王庁宮殿)の天を貫くような鐘楼から、八時頃、穏やかな鐘の音が、半開きにしたペルスィエンヌ(鎧戸)の向こうから涼風に乗りたゆたってくる。現代の多くのアラーム時計は、分針がカチリと起床時刻に重なると、睡眠時の心拍数にまったくあわぬ、けたたましい油蝉のようなデジタル音を放ちはじめる。非人間的に「起きろ、出かけろ、働け」とせかされているようで気づくと朝から眉をひそめていたりする。だがアヴィニヨンの鐘の音はこれとは異なり実に心穏やか。まるで明け方に瞼を閉じたまま受ける恋人の接吻のように、ささやかに、でも確実に、口角が自然とあがる幸せな目覚めを届けてくれる。 »