Theatre
Avignon Report ジャン・ミシェル・ブリュイヤール LFKs / Le Préau d’un seul
セバスティアンという聖なる名をもつ青年。健康的な農夫のように陽に焼けた逞しい体躯と、高貴な黄金の髪に縁取られた男らしい美貌を持つ彼は、賑やいだディナーの席で面と向かい私に「ジュ・デテスト・ル・ジャポネ(僕は日本人が嫌いだ)」と言いきった。だが私は彼のそのあまりの邪気のない言葉にむしろ愛嬌を感じてしまった。毎朝飲む一杯のミルクのように、彼にとってはそれがあたりまえの価値観。疑念のない美しき自信家の心には、ユートピアのように真っ白な純粋さが存在するだけで、そこからはしかるべき衝突も軋轢も議論の余地も生まれてこない。アヴィニヨンの片隅。廃屋化寸前の巨大車庫のような外観のル・ミロワトリー(鏡工場)では、ジャン・ミシェル・ブリュイヤール率いるアーティスト集団LFKsによる『Le Préau d'un seul (One Man's Prison yard)』が上演されていた。そしてここにも、純白のユートピアの知られざる被害者たちが居た。 »
Avignon Report フェデリコ・レオン / Yo en el Futuro
右、左、右。南仏地方では出会いがしらに互いの頬に3度キスをする。まるで甘酸っぱいスグリをついばむ小鳥のように、唇をすぼめてチュチュッと耳元で音を発する。私はこの行為がとても好き。ただの儀礼的な会釈や、熱の入らぬ握手では伝わらない、相手の温度を体で味わうことができるから。気の長いアヴィニヨンの太陽がようやく本格的に復路をたどりはじめる午後五時。タンチュリー通り(直訳するとドライクリーニング通り)12番地にある劇場<サル・ブノワXII>でも、劇場前で、友人知人と待ち合わせをする観客たちがこのキスの挨拶を繰り返していた。今日の上演演目は34歳の若きアルゼンチンの作家/演出家/映像作家フェデリコ・レオンによる新作芝居『Yo en el Futuro (Me in the Future)』。彼はここで、プルーストのごとき「時と記憶」の物語を体感で観客に伝えてみせようとする。 »
Theatre Report 「プロペラ」と英国シェイクスピア芝居の最前線
ウエストエンドと呼ばれるロンドンの劇場街。ここでは今、いつになくシェイクスピアが熱い。そう400年ほど前に死んだあの英国の劇詩人のチケットが飛ぶように売れているのだ。特に現在「ハムレット」を上演中のウィンダム劇場の前には、毎朝、限定30枚の当日券を求める長蛇の列ができる。なぜか。答えは簡単。行列者たちはシェイクスピアでもハムレットでもなく主演男優ジュード・ロウを詣でに来ているのだ。このご時世、セレブの存在は興業収入に欠かせないのか。だが、ここにその方程式を覆す集団がある。安易なセレブ頼りには走らず、品質にフォーカスする。 そんな創作活動で地道にブランド感を高めていく。 財布の紐が固いご時世でも、消費者が足を伸ばすプロペラの正体とは。 »
Avignon Report ラシッド・ウラムダン / Des témoins ordinaires
温度計に容赦のない33℃の表示。だがこの街では「Salle Climatisée (室内冷房中)」とあえて明記されていないかぎり、多くのカフェやレストランは常温営業。これは市内の主な移動手段であるバスでも同じこと。公演場所に赴くとき、人々は埃っぽい市バスのなかでちょっとした我慢大会を経験する。今日上演されるアルジェリア系仏人振付家ラシッド・ウラムダンによる『Des témoins ordinaires (The Ordinary Witnesses) 』の会場も、アヴィニヨンの「intra-muros(街中央をぐるりと取り囲む城壁のなか)」から外へ、市バスで走行すること20分。Villeneuve (ヴィルヌーヴ) という、かつて修道士たちが居住まいを置いた、ローヌ川対岸の町に在る。祈りと暴力、秩序と混乱、光と影。相反する二つの要素を併せのむこの特異な場に、ウラムダンの演目はあまりにもぴたりとあてはまる。 »
Travelogue ピュターン!
一週間もつづく夜雨で街路樹さえ風邪をこじらせそうなパリの晩秋。天候の悪化と平衡してみるみる機嫌も悪化していく出不精なパリジャンたちを尻目に、東京通勤速度の早足で、パリ四区シャトレ広場のテアトル・ド・ラ・ヴィルへ向かう。夜八時。 ピナ・バウシュ、ヤン・ファーブル、ウィリアム・フォーサイスといった名だたる振付家の世界の交叉点でもある百五十年近い歴史を持つ名門劇場に足を踏み入れる。 »