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	<title>ARTicle &#187; Dance</title>
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	<description>Theatre Travelogue by Journalist Kyoko Iwaki</description>
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		<title>Interview ジゼル・ヴィエンヌ / 演出家・振付家・人形作家</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Aug 2010 15:21:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Art]]></category>
		<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[Theatre]]></category>

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		<description><![CDATA[「これはダンス？」と思うとセリフが語られ「演劇？」と思うとインスタレーションのごとく沈黙する。さらに舞台上で引用される、バタイユやニーチェによる強烈哲学に思考を馳せていると、いきなり劇場全体が真っ白な濃霧に襲われる。まさに思考と体感の極限体験。なるほどヤン・ファーブルに見初められたアーティストだと聞いて納得がいった。現代芸術界の巨匠が、ダンスとも演劇ともアートともつかぬ先鋭作品を創作するのと同様、若きジゼル・ヴィエンヌもまた非常にジャンル越境的な舞台を創造するからだ。７月のアヴィニヨン演劇祭にて新作『This is how you will disappear(こうしておまえは消え去る)』を発表した彼女に、現地でインタビューを行った。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/10/M2538-300x176.jpg" alt="M2538" title="M2538" width="300" height="176" class="alignleft size-medium wp-image-762" />—— この秋、初めて東京で作品を上演されます。あなたのことを知らない観客も日本にはまだいますので、まずは基本的な経歴から伺わせてください。あなたは演出家として非常にユニークな経歴をお持ちですね。大学では演劇ではなく哲学を専攻され、その後、フランス国立高等人形劇芸術学院で学ばれます。なぜこのような進路を選ばれたのでしょう。</p>
<p>GV　私は若いころから非常に多くのことに情熱をそそいできました。文学、哲学、音楽、ヴィジュアルアート……ほかにもありますが、主だったものはこれらです。そしていつも私は、文学と音楽とヴィジュアルアートを融合する最適な手段は人形劇だと思いつづけてきました。別に子供のころから人形劇をたくさん見ていたわけではありません。ただ私自身が、そのような人形劇を作れると漠然と信じてきたのです。それで国立高等人形劇芸術学院への進学を志したわけですが、まさか合格するとは思いませんでした。それまでの私は、ヴィジュアルアーティストである母の影響でハンス・ベルメールやアネット・メサジェなどの創作人形に触れていたとはいえ、大学ではまったく関係のない哲学や音楽を勉強していたわけですからね。でも運良くこの教育機関に受け入れられ、私は初めて本格的に演劇や人形劇を学ぶことになりました。なかでも当時見た淡路人形座の文楽にはとても感銘を受けました。私がその頃から試みようとしていた、テキストと音楽とムーヴメントの相互性が、そこではすでに洗練されたかたちで完成されていたからです。</p>
<p>—— 卒業後あなたは、生身のからだと人工物である人形、その双方を素材として振付家・演出家・ヴィジュアルアーティストとして創作を始められます。そして６年後の05年に『I Apologize』『Une belle enfant blonde』をたずさえアヴィニヨン演劇祭に登場されます。 </p>
<p>GV　今年でアヴィニヨンは三度目になりますが、初めて招聘されたとき私はまだ29歳で、いまと同様かなり過激な作品をつくりつづけていたため、このような歴史あるフェスティバルに参加するのは無理だろうと思いこんでいました。けれど当時アソシエート・アーティストを務めていたヤン・ファーブルが私のことを強く押してくださり、芸術監督のヴァンサン・ボードリエールにも気に入ってもらい、私はアヴィニヨン・デビューを飾ることができたのです。この幸運にはとても感謝しています。</p>
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		<title>Dance Review 山海塾 KARA・MI</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Jun 2010 16:42:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[山海塾の二年ぶりの新作『KARA・MI』がパリのテアトル・ド・ラ・ヴィルで世界初演を迎えた。春先とは思えぬ凍えぬ寒さとそぼふる雨に濡れるパリを訪れ、現地で新作をいちはやく観劇。終演後、劇場となりのカフェ・サラ・ベルナールで天児牛大から創作の鍵となるコメントももらった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/06/g_tv10amagatsukara-300x250.jpg" alt="g_tv10amagatsukara" title="g_tv10amagatsukara" width="300" height="250" class="alignleft size-medium wp-image-754" />京の石庭を思わす、おだやかに砂が敷かれたパリ市立劇場の舞台面。 その薄皮の砂面のうえに、ころんと、白塗りの舞踏手が魂の抜けた人形のごとく仰向けに倒れる。そしてその空洞化した体を、ほかの数人が、聖なる御柱でも起こすかのように丁寧に垂直に立てていく――。</p>
<p>山海塾による二年ぶりの新作『ＫＡＲＡ・ＭＩ』ではまず、このような印象深い無機的動作で、私たちの生身の「体」に対して疑義を投げかける。果たして西洋では単なる容れ物として捉えられるこの体の内では、魂、無意識、あるいは約六十兆という細胞がどのように共生しているのか。振付・構成を担う天児牛大は、デカルトの心身二元論から遠くはなれ、東洋的な全体感で体と対話し内へと潜っていく。また天児は本作のタイトルについてこう解き明かす。</p>
<p>「＜から＞は、空の体を指します。＜み＞は「身」であり、これは命を宿す女性の体を横から見た象形文字です。つまり『から・み』で、空の体＝死と、命の宿る体＝生の双方を表しているのです」</p>
<p>タイトルの中央に配置されたのが「／」ではなく「・」であることからも理解されるように、天児は＜から＞と＜み＞を、つまりは死と生を、クリアに分化せずに提示する。また頭と体、無機物と有機物、内と外、のあいだの界面もーー宙でゆらゆらと揺れる七枚の”半透明な”プレート板が示唆するようにーーあちらとこちらがきっちりと分断されずそこに在る。<br />
山海塾は本作で、私たちの体のうちへの微視的探求を試み、無数の命が共生するひとつのミクロコスモスを美しく創りあげてみせた。</p>
<p>May 3, 2010 @ <a href="http://www.theatredelaville-paris.com/spectacle-sankai-juku-159">Théâtre de la Ville, Paris</a></p>
<p><em>初出 : DANZA 2010 8-9月号</em></p>
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		<title>Interview マリアネラ・ヌニェス / ダンサー</title>
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		<pubDate>Sat, 29 May 2010 13:28:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[振付家フレデリック・アシュトンはかつて南アフリカ出まれのダンサー、ナディア・ネリーナのために『リーズの結婚』を作りあげた。それからちょうど半世紀。アルゼンチン出身の舞姫マリアネラ・ヌニェスは、まるでそれが自分のために仕立てられたダンスであるかのようにリーズ役をものにしてみせる。また二年前に初挑戦した『ロミオとジュリエット』でも、英国ガーディアン紙から「舞台にいるダンサーのために物語が書き下ろされたように思える」という賛辞を獲得。どうやら現在のヌニェスは、ダンサーとしての最盛期を迎えつつあるようだ。19歳にしてプリンシパルの座に就いてから、早くも8年。コスモスのように朗らかな彼女ならではの少女っぽさに、成熟した女性らしさをまといつつあるヌニェスと、３月某日、『リーズの結婚』の本番翌日に言葉を交わした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/05/1247321171857_f-199x300.jpg" alt="1247321171857_f" title="1247321171857_f" width="199" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-719" />—— 昨晩はすばらしい舞台をありがとうございました。見せ場であるファニー・エルスラーのパ・ド・ドゥもをはじめ、あまりにも軽やかで美しく、見ているだけでこちらまで笑顔になってしまいました。</p>
<p>ありがとう、そう言ってもらえて光栄です。私も昨晩の公演にはアドレナリン全開に興奮してしまって、終演後も夜中の４時まで眠れませんでした(笑)。初めてリーズを踊ったのはもう５年前になりますが、そのときからずっとこの演目には「居心地の良さ」を感じています。もちろん最初はアシュトンならではの素早いフットワークを会得するために、それなりに稽古時間を割く必要はありました。またアシュトンの控えめでアカデミックなスタイル、無理のなりアラベスクのラインや、柔らかな上半身のラインも身につけねばなりませんでした。でも、それらをいったんものにしてからは本当に舞台上でリラックスして踊ることができた。あの農家の家の扉からとびだした瞬間から、私はリーズになりきることができるのです。</p>
<p>—— きたる日本公演では私生活でもパートナーであるティアゴ・ソアレスと『リーズの結婚』を踊られますね。ソアレスはどちらかというと、シリアスな演技に定評があるので喜劇バレエで彼を見るのは新鮮な体験になりそうです。</p>
<p>確かに、彼はシリアスな役が多いことは事実です。でもティアゴは本物のアーティストですから舞台上でどんな人間にもなりきることができます。それにそもそも、彼は普段はとってもおかしな人なんですよ。どれだけ彼にユーモアのセンスがあるかガわかったら、きっと日本のお客さんは彼に惚れなおすと思います。</p>
<p>—— 以前のあなたは「大きな笑顔とピンクのチュチュ」がトレードマークでしたが、近年では『ロミオとジュリエット』や『ジゼル』、また『うたかたの恋』のラリッシュ伯爵夫人など、より深い演劇性を要する役柄に次々に挑まれていますね。<br />
そう、以前はピンクのチュチュの『眠れる森の美女』や『くるみ割り人形』ばかり踊っていましたからね(笑)。でもそれらの役も、私はいまだに踊ることが大好きです。２年前にティアゴ(ソアレス)と初めて『ロミオ〜』と踊ったときは、まさに天にも昇る気持ちでした。以前にも取材でお話ししたように、私はこの役がずっと踊りたくてしょうがなかったので、ようやくモニカ(メイソン)から許可が出て、ジュリエットとして舞台に立つことができたときには、あまりにも嬉しくて……、一幕からずっと涙があふれっぱなしでした。観客にはわからなかったと思いますけど、平野亮一君が袖からずっと写真を撮ってくれていて、それにはばっちり涙が映っているんです。日本でもティアゴのロミオと踊ることになりますが、初演時にはあまりリハーサルの時間がなかったので、もっと細部まできちんと確認して、天才マクミランが作りあげたドラマを生き抜きたいと思います。</p>
<p>—— 最後に素朴な質問です。どうしたらロンドンで暮らしながら、そんなに毎日笑顔でハッピーで居続けられるんですか。<br />
それは、とてもいい質問ね(笑)。でも答は簡単、私は自分の仕事を愛している。心から完全に愛しているんです。だってまだ小さな女の子だったときからバレリーナになるのが私のただひとつの夢で、それがこうして叶って、今ロイヤル・バレエ団にいるわけですから。こんなに嬉しいことはない。しかも私はまだ27歳で、まだ学ぶべきことが山のようにあって、まだ自分が進化できるという実感がある。だからとにかく私の人生はハピネスでいっぱい。笑顔でいないほうが難しいくらいです。</p>
<p><em>＜初出 NBS 英国ロイヤルバレエサイト 一部改訂＞</em></p>
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		<title>Interview リャーン・ベンジャミン / ダンサー</title>
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		<pubDate>Tue, 20 Apr 2010 11:42:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[山椒は小粒でもぴりりと辛い。英国ロイヤル・バレエ団で17年プリンシパルとして踊りつづけ、英国帝国勲章受賞者でもあるリャーン・ベンジャミンは、理想的な細身のバレリーナ体型で身長たったの158cm。「ハロー、今日はよろしくね」と挨拶するその姿は十代の可憐な少女のよう。だがひとたび取材が始まると、大企業のビジネスエリートのように鋭利に質問に応えていく。イエスのときはイエス、ノーのときはノー。彼女のバレエ哲学には曖昧さがない。そして明日のほうがほんの少し今よりよいダンサーになれるよう、努力家な彼女は今日も稽古場のバーの前に立つ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/05/benjamin-230x300.jpg" alt="benjamin" title="benjamin" width="230" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-707" />————あなたは92年にロイヤル・バレエ団に入団する前にも様々なカンパニー（サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団、ロンドン・フェスティバル・バレエ団、ベルリン国立歌劇場バレエ団）で踊って来られましたね。しかも大きな怪我やスランプにも陥ることなく、つねに第一線で活躍してきた。一流のダンサーでありつづける秘訣を教えてください。</p>
<p>何よりの秘訣は「規律性」にあると思います。日々欠かさず稽古場にむかうこと。そして少しでも向上するよう努めること。その地道な積み重ねが、あるとき本番で実を結ぶのです。あとは幸運なことに私は、ダンサーに向いた身体的資質を持って生まれてきたのだと思います。だからなにを食べようが太らないですし、無理せず柔軟な身体を保ちつづけてこれました。もし私が人生の大切なこと————たとえば夫や、子供や、食生活を————犠牲にしてまでバレエに向き合わなければならなかったら、今日まで踊りつづけることはできなかったでしょうね。それに『ジゼル』からマクミランからウェイン・マクレガーまで、自在に踊りこなすこともできなかったと思います。</p>
<p>————確かにキャリアが進むにつれて、古典作品かコンテンポラリー作品どちらかに重きを置くダンサーは多いですが、あなたは両方とも均等に踊る。それはなぜですか？</p>
<p>なぜってあなた、それは私が両方踊れちゃうからよ(笑)。まあ、それは冗談だとしても、双方を踊る機会を与えられて本当にラッキー。来シーズンには17歳のときから踊る『ジゼル』にも、キム・ブランドストラップの新作にも出演しますからね。これだけ幅広い演目を踊って来られたからこそ、私は精神的に苦しくなることなくバレエ界で生き残って来られたのだと思います。</p>
<p>————日本では『マイヤーリンク』と『ロミオとジュリエット』に主演されます。どちらも、あなたがロンドンの観客に絶賛される役柄です。</p>
<p>『マイヤーリンク』のマリーは自信家な女の子。自分の行動をすべて計算づくに把握していて、だからこそコートの下にほぼ何も着ないでルドルフの家を訪れたりする。そんなこと、マリー・ヴェッツェラかシャロン・ストーンでもなきゃしないでしょう(笑)。だから私の踊るマリーは、ルドルフを愛しているというよりも自分自身を愛している少女です。ジュリエットは、またエドワード(ワトソン)と踊れることが楽しみ。エドワードのロミオはとても情熱的なんですよ！　だから彼と踊るときは、私はただ舞台に立って「私はジュリエット」と思うだけでいい。そうすれば本能的に何をすべきかわかってくる。また私のそうした本能的な演技にエドワードも反応してくれるから、毎晩少しずつ違う演技が生まれてくる。すごくスリリング。目の肥えた日本のお客さんにも楽しんでもらえればと思います。</p>
<p><em>＜初出 NBS 英国ロイヤルバレエサイト 一部改訂＞</em></p>
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		<title>Interview ジル・ロマン / 芸術監督・ダンサー</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 12:23:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[「他の誰でもなく彼だけが……私のバレエを、継続し、保存し、所有するただひとりの人間だ」。２年前に逝去したバレエ界の巨匠モーリス・ベジャールから、まるで父子のような深くゆるぎない信頼をえて、ベジャール・バレエ・ローザンヌの芸術監督職に就任したジル・ロマン。この新たな統率者のもとカンパニーは、巨星を失ったのちも決して灰まみれの死火山になることなく、ベジャール自身も好んだ進取の気性にとんだ活発な創作に挑みつづけている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/01/gil-roman-236x300.jpg" alt="gil-roman" title="gil-roman" width="236" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-650" />一昨年の11月22日、スイス・ローザンヌの病院でモーリス・ベジャールが逝去した。まちがいなく二十世紀舞踊界を代表する巨匠振付家のひとりであり、一部の人々のための高尚芸術であったバレエに、まるでポップグループのような熱狂的センセーションをもたらしてしまった革命児。バレエ界にとってこの偉大な存在の消滅は、その銀河系で強烈な光を放ちつづけてきた恒星を突然失うかのような茫然自失の事件であった。だがそんな天才芸術家は、のちの世に自作を遺すべく無二の後継者を選んでいた。79年当時ベジャールが率いた「二十世紀バレエ団」に19歳の若さでダンサーとして入団し、のち34歳のときからは「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」（以下ＢＢＬ）の副芸術監督を務めるようになるジル・ロマン。ベジャールは、すでにこの世を去る１年前に「他の誰でもなく彼だけが……私のバレエを、継続し、保存し、所有するただひとりの人間だ」と明言。この遺志を受け継ぐかたちでロマンは、恩師の死去そくざにＢＢＬの芸術監督職に着任。そして「過去ばかりを見ていてはいけない。未来にむけて前進しなければ」と、早くも翌月の12月には、パリにある客席数4500の巨大施設パレ・デ・スポールで、ベジャールの遺作『80分世界一周』を上演した。</p>
<p>「ベジャールの作品を上演しつづけること、それは観客のためでもあり、ひいては人類全体のためでもあります。そしてそれは私のひとつの義務なのです」</p>
<p>　48歳とは思えぬ若く鋭い眼光からは、宙を飛ぶ孤高の猛禽類のような強烈な意志が放たれる。そして「ベジャール」という言葉をこちらが質問で口にするたびに「過去のことは話すのは止めましょう。いまは”私が”芸術監督なのです」とフランス語の主格Je(私)を力強く意思表示する。確かにいまＢＢＬを率いるのは。ベジャールの精神を受け継ぐジル・ロマン。新たな時代がはじまっているのだ。</p>
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		<title>Interview ピーター・マーティンズ / NYCB芸術監督</title>
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		<pubDate>Sun, 20 Dec 2009 14:03:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>

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		<description><![CDATA[ニューヨーク・シティ・バレエの芸術監督として、単独でカンパニーを率いるようになり今年で20年。西62丁目のオフィスビル、燦々と夕陽がさしこむ摩天楼最上階のディレクターズ・ルームで執務を取りしきるピーター・マーティンスは、63歳とは思えぬ若々しい好奇心で筆者を迎え入れてくれた。その小さな録音機は日本の最新機器か、東京の観客は今回の我々のプログラムをどう思っているのか。どちらが取材をしに来たのか分からぬほどの質問攻め。だがこの旺盛な好奇心があってこそ、ゆうに50を越えるシーズン演目を、つねに時代とズレのない視点で選び抜くことができるのだろう。NYCB2009 日本ツアー公式プログラムのために執筆したインタビューを転載。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2010/02/martins_teaching-207x300.jpg" alt="martins_teaching" title="martins_teaching" width="207" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-672" />—単独でＮＹＣＢの指揮をとるようになって今年でちょうど二十年。09/10シーズンの52演目のラインナップにも、あなたの現在に至る監督方針が表れているように思います。つまりあなたは、ジョージ・バランシンやジェローム・ロビンズといった巨匠振付家による遺産を受け継ぎながらも、それだけに頼ることなく、成功が保証されていない新人振付家の作品も採用している。現在、芸術監督として考えられていることを教えてください。</p>
<p>このカンパニーの芸術監督に着任した当初から、私のなかには不動のふたつのミッションがあります。ひとつはカンパニーの遺産を保持すること。もうひとつはつねに前身しつづけること。このふたつの目標はいっけん矛盾しているように思われます。けれど実際は、このふたつの指針がバレエ団設立当初からあったからこそ現在のＮＹＣＢが存在する。つまりたえざる挑戦のなかで伝統が培われてきたわけです。なので私には毎年、伝統と革新双方のことを考えてレパートリーの均衡を保つ責任が課せられる。不景気だからといって新人作品の上演をとりやめるようなことはありませんし、また逆に、年々バランシンという名前にぴんと来る客が少なくなっているからといって『セレナーデ』や『放蕩息子』を永久に封印してしまうこともありません。</p>
<p>——つまり言い換えるなら、商業的に市場分析をして観客に媚びたレパートリーを選ぶのではなく、新旧問わずカンパニーの芸術性を保持する演目に挑戦していくということですね。</p>
<p>そのとおりです。ただこれは隠さずに申し上げますが、私たちも別にマーケット分析をしないわけではありません。ニューヨークという絶えざる変化を宿命づけられた街でバレエ団を運営しているわけですから、観客がなにを望んでいるかというリサーチはできるかぎり行います。ただだからといって、そのリサーチ結果に則ってすべての演目を決めるようなことはしません。そうではなく大切なのは、調査結果を一貫性のある自分のフレームで読み直していくことです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>Interview with Akram Khan / Choreographer</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Dec 2009 16:16:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Interview]]></category>
		<category><![CDATA[Theatre]]></category>

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		<description><![CDATA[Only in his mid-thirties, this young British- Bangladeshi choreographer has already tied up with the top-list greats in the bustling art world, gaining him a dashing stellar career and a center stage spotlight. Some of the names among his eminent co-workers are, the controversial British sculptor Anish Kapoor, the French ballet diva Sylvie Guillem,
and the international pop icon Kylie Minogue. And now with his newest creation in-i another beautiful name joins this list, the Oscar-winner actress Juliette Binoche. Okay, so some blabby critics and journalists are gradually starting to call him a high-flying careerist…but is he really so? Meeting up with him in a cozy restaurant in Paris, the man sitting in front of me with a café crème and a warm judicious smile, just seemed to be having fun staying true to his inexhaustible curiosity. ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_586" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/12/thumbnail-300x199.jpg" alt="Photo © Tristram Kenton" title="Akram Khan" width="300" height="199" class="size-medium wp-image-586" /><p class="wp-caption-text">Photo © Tristram Kenton</p></div> Only in his mid-thirties, this young British- Bangladeshi choreographer has already tied up with the top-list greats in the bustling art world, gaining him a dashing stellar career and a center stage spotlight. Some of the names among his eminent co-workers are, the controversial British sculptor Anish Kapoor, the French ballet diva Sylvie Guillem,<br />
and the international pop icon Kylie Minogue. And now with his newest creation <em>in-i </em>another beautiful name joins this list, the Oscar-winner actress Juliette Binoche. Okay, so some blabby critics and journalists are gradually starting to call him a high-flying careerist…but is he really so? Meeting up with him in a cozy restaurant in Paris, the man sitting in front of me with a café crème and a warm judicious smile, just seemed to be having fun staying true to his inexhaustible curiosity. </p>
<p>——Since your breakthrough in <em>Zero Degrees</em> (05) you have been dubbed as the “ Prince of contemporary dance”.<br />
<strong>Akram: </strong>Well, I know. But frankly, I don’t care much about how I am looked upon. I just do what I want to do. Which is, by the way, usually the extreme opposite of what people want me to do. I mean, the truth for me is, that you can never play safe as an artist. You always have to take risks. That is the only true way for creating art. But anyway going back to your question, yes,<em> Zero Degrees</em> was a creative milestone for me. Because before that, in the early days, I used to perform to a lot of empty seats. It was such a depressing life, and I thought I ‘m such a depressing artist. Nobody sees me. I must be doing crap. Then one day a Hindu musician I know came up to me and said, “Imagine that each empty seat has a God sitting there”. So from that day on, faithfully taking in his advice, I put Krishna and Ganesa and Siva and all the Gods I knew in the audience.</p>
<p>——Wow, that is quite an audience.<br />
<strong>Akram: </strong>It is. And also what you’re going to present to Krishna is totally different from what you’re going to present to Siva. Each of them is individual. So in a way, you become tremendously sensitive and aware of all these Gods in the theater. And for me, this goes exactly the same with people. Once you’re in a theater, you contact each and every one of them differently. The Japanese choreographer Saburo Teshigawara once said something very beautiful regarding to this concept, which I quite agree. He said that if there is 450 people in the audience, and one hour later it becomes 451, because one person comes in late, his whole breathing changes, as he senses every single person in that room. It is the same with me, or at least I’d like to think it is the same. On stage, my five senses are fully awake.</p>
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		<title>Avignon Report イスラエル・ガルバン / El final de este estado de cosas, redux</title>
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		<pubDate>Mon, 24 Aug 2009 16:51:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>

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		<description><![CDATA[夜９時。街にたまる暑熱がひんやり心地よく夜風に冷やされるとき、アヴィニヨンの人々は今日もめいっぱい人生を謳歌した喜びを実証する幸せな疲れに身を預けていく。劇場に集まる人々のなかにも、パフォーマンスを見るよりもむしろ、頭を枕にうずめ瞼を閉じてしまいそうな半醒半睡な顔がちらほら。このはなはだ不利な条件下で、セヴィリヤ出身の天才バイラオール、イスラエル・ガルバンは闘いに見事に完勝してみせた。仏『ル・モンド』紙ものちの劇評で「１３００人の観衆のただなかに隕石が落ちた」とこの状況を表現。その言葉が決しておおげさとは思えぬほど、フラメンコ界のウィリアム・フォーサイスと称されるこの異端児は、おネムなおめめの観客の意識を一瞬にして覚醒してしまった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_469" class="wp-caption alignleft" style="width: 160px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/08/Israel_galvan-150x150.jpg" alt="Photo © Luis Castilla" title="Israel_galvan" width="150" height="150" class="size-thumbnail wp-image-469" /><p class="wp-caption-text">Photo © Luis Castilla</p></div><br />
バス停のもぎりの青年がボンソワーと開けたその口で小さなあくびをひとつ。あ、ごめんなさい失礼しました「エクスキューゼ・モワ」とはにかんだ笑みを投げかけてくる。夜９時。街にたまる暑熱がひんやり心地よく夜風に冷やされるとき、アヴィニヨンの人々は今日もめいっぱい人生を謳歌した喜びを実証する幸せな疲れに身を預けていく。市内城壁からバスで半時間の場所にある野外劇場＜カリエール・ド・ブルボン＞に集まる人々も、そんな軽い酔いのような疲れをたずさえロゼをかたむけ歓談中。開演までまだたっぷり時間はあると、照明灯の緋色の光をほてった体に浴びながら、南仏独特の「あくびの時間」を愉しんでいる。昼間のそれよりやや低いアルトバスの笑いの波紋が、あたり一帯に広がっていく。</p>
<p>　一時間ほどのち。ようやく上演時間となり、人々は天然の石切場にしつらえられた広大な客席スタンドに着席する。そのなかにはむしろこのままパフォーマンスを観ずに、頭を枕にうずめ瞼を閉じてしまいそうな半醒半睡な顔もちらほら。正直、演者にしてみれば厄介このうえないことだろう。これから恐怖にも似た緊張をたずさえ、年に一度のアヴィニヨンの舞台に立つわけだから。頼むからもう少しシャキッと見てくれよ、と懇願したくなるかもしれない。</p>
<p>　だがセヴィリヤ出身の天才バイラオール、イスラエル・ガルバンは、このはなはだ不利な条件下で愚痴をひとつもたれることなく、見事にこの闘いに完勝してみせた。仏『ル・モンド』紙ものちの劇評で「１３００人の観衆のただなかに隕石が落ちた」とこの状況を表現。その言葉が決しておおげさとは思えぬほど、フラメンコ界のウィリアム・フォーサイスと称されるこの異端児は、オネムなおめめの観客の意識を一瞬にして覚醒してしまった。</p>
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		<title>Paris Report ジョセフ・ナジ / Les Corbeaux</title>
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		<pubDate>Sun, 16 Aug 2009 17:04:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>

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		<description><![CDATA[旧ユーゴスラヴィアの小村カニッツァ出身の振付家ジョセフ・ナジの作品を、言葉にするのはとても難しい。彼の作品を見て、カフカ的閉塞感があるとか、ボルヘス的な魔術性に満ちているとか、ベケット的な哀しみに満ちあふれているとか、必死に頭をこねくりまわし文学世界の記号で語ることはできるけれど、なんだか、そうすればするほどナジの世界は遙か彼方に遠ざかっていくように思える。むしろ私は彼の作品に、触覚や嗅覚など、もっと原始的な直感でアプローチしたい。特に今回、パリのメゾン・デ・メタロスで見た『Les Corbeaux(鴉)』はラスコーの壁画やアルタミラの洞窟に通ずるような、人間のプリミティブな創作衝動をたずさえていて、まさに直感的な体験であった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_443" class="wp-caption alignleft" style="width: 160px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/08/Nadj-3-150x150.jpg" alt="photo © Birgit" title="Nadj 3" width="150" height="150" class="size-thumbnail wp-image-443" /><p class="wp-caption-text">photo © Birgit</p></div>　旧ユーゴスラヴィアの小村カニッツァ出身の振付家ジョセフ・ナジの作品を、言葉にするのはとても難しい。でもだからこそ素晴らしい。もしも本日のランチミーティングや週末の家族会議と同じ、習慣化されたぐうたらな言葉でダンス作品を言い表せてしまうのだとしたら、それはそもそもダンスにする必要がない。振付家というつねに絶滅寸前の種族は、この世にいまだ存在しない何かを形象化しようというむちゃな試みに出るからこそ、言葉という窮屈な鎧を脱ぎすて、身体で新言語をつむぎだすのだ。</p>
<p>　だからナジの作品を見て、カフカ的閉塞感があるとか、ボルヘス的な魔術性に満ちているとか、ベケット的な哀しみに満ちあふれているとか、必死に頭をこねくりまわし文学世界の記号で語ることはできるけれど、なんだか、そうすればするほどナジの世界は遙か彼方に遠ざかっていくように思える。むしろ私は彼の作品に、触覚や嗅覚など、もっと原始的な直感でアプローチしたい。特に今回、パリのメゾン・デ・メタロスで見た『Les Corbeaux(鴉)』はラスコーの壁画やアルタミラの洞窟に通ずるような、人間のプリミティブな創作衝動をたずさえていて、まさに直感的。難解なナジ文学というより、簡素なナジ文字が生まれる瞬間に立ち会うような経験であった。</p>
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		<title>Avignon Report ラシッド・ウラムダン / Des témoins ordinaires</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Jul 2009 16:01:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.iwaki</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dance]]></category>
		<category><![CDATA[Theatre]]></category>

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		<description><![CDATA[温度計に容赦のない33℃の表示。だがこの街では「Salle Climatisée (室内冷房中)」とあえて明記されていないかぎり、多くのカフェやレストランは常温営業。これは市内の主な移動手段であるバスでも同じこと。公演場所に赴くとき、人々は埃っぽい市バスのなかでちょっとした我慢大会を経験する。今日上演されるアルジェリア系仏人振付家ラシッド・ウラムダンによる『Des témoins ordinaires (The Ordinary Witnesses) 』の会場も、アヴィニヨンの「intra-muros（街中央をぐるりと取り囲む城壁のなか）」から外へ、市バスで走行すること20分。Villeneuve (ヴィルヌーヴ) という、かつて修道士たちが居住まいを置いた、ローヌ川対岸の町に在る。祈りと暴力、秩序と混乱、光と影。相反する二つの要素を併せのむこの特異な場に、ウラムダンの演目はあまりにもぴたりとあてはまる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><div id="attachment_255" class="wp-caption alignleft" style="width: 160px"><img src="http://kyokoiwaki.com/ARTicle/wp-content/images/2009/07/DTO-Erell-Melscoët_3-150x150.jpg" alt="Photo © Erell Melscoët" title="Des Temoins Ordinaire" width="150" height="150" class="size-thumbnail wp-image-255" /><p class="wp-caption-text">Photo © Erell Melscoët</p></div><br />
　温度計に容赦のない33℃の表示。アヴィニヨンの暑さは今日もあいかわらずだ。朝出ぎわにカバンのなかに、財布や鍵や携帯電話といっしょに、ミネラルウォーターを確認するのは、ここで生き延びるために不可欠な日課。にも関わらずこの街では「Salle Climatisée (室内冷房中)」とあえて明記されていないかぎり、多くのカフェやレストランは常温営業。そして誰もそれに不満をぼやかない。これは市内の主な移動手段であるバスでも同じこと。公演場所に赴くとき、観光バスのように小綺麗なシャトルバスが臨時調達される場合を除き、人々は埃っぽい市バスのなかでちょっとした我慢大会を経験する。<br />
　今日上演されるアルジェリア系仏人振付家ラシッド・ウラムダンによる『Des témoins ordinaires (The Ordinary Witnesses) 』の会場も、アヴィニヨンの「intra-muros（街中央をぐるりと取り囲む城壁のなか）」から外へ、市バスで走行すること20分。Villeneuve (ヴィルヌーヴ) という、かつて修道士たちが居住まいを置いた、ローヌ川対岸の小さな町に在る。凪にたゆたう海藻のようにゆったりと扇で風を仰ぐ老婦、アプリコットをかりかり囓り栄養補給する女性、飲み水が欲しいとわぁわぁ泣いてママンに訴える男の子。確実にパリだったら小競りあいが勃発するカオティックなバス内の環境下にも、アヴィニヨンの人たちは悠揚と心をくずさない。ゆるやかな談笑と祭の高揚感に興じ、小さなノイズに苛つかない。</p>
<p>　そんなバスに揺られ、川を渡り、丘を登り、いざ会場へ。教会と、礼拝堂と、四十の修道士たちの独居房からなる、十四世紀に建てられたヨーロッパ最大級の修道院のひとつ「ラ・シャルトルゥーズ」に向かう。眼前に水平に横たわるは、土色の石造りの簡素な建物。かつて修道士たちが集まった祈りの場というだけあって、質素ながら手入れの行き届いた風格がただよう。と同時に、あるときは敷地内に小さな牢獄も存在したというから、その表だった清潔さの裏には、確実に、錆びた血の匂いも混ざる。祈りと暴力、秩序と混乱、光と影。相反する二つの要素を併せのむこの特異な場に、ウラムダンの今日の演目はあまりにもぴたりとあてはまる。</p>
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