Report / 太陽劇団、ピーター・ブルック、ジンガロ

April 30, 2011

© Michèle Laurent, 2010

© Michèle Laurent, 2010

太陽劇団『愚望に溺れる難破者たち』
@ラ・カルトゥシュリー
【原作】ジュール・ヴェルヌ
【作】エレーヌ・シスー
【演出】アリアーヌ・ムヌーシュキン、太陽劇団

ジンガロ『DARSHAN』
@ジンガロ・シアター
【構成・演出】バルバタス

ピーター・ブルック演出『ある魔笛』
@ブッフ・デュ・ノール劇場
【ピアノ演奏】フランク・クラフチク


はじめに訪れたのはムヌーシュキン率いる太陽劇団の<ラ・カルトゥシュリー>。直訳すると火薬庫という意味のこの場所は、19世紀にフランス軍に捨てられた廃屋武器工場を役者みずからカナトコを振りあげ3週間で蘇らせたことにはじまる。1970年開場当初、こんな郊外に「客が来るのか……」といぶかしむ向きもあったというが、現在では敷地内に太陽劇団のほか四つの劇場と、演劇学校ARTA、カロリン・カールソンのアトリエが年中客足のたえぬ「劇場集落」を作りあげている。

メトロ1番線の終着駅から無料送迎バスに乗り換え、ヴァンセンヌの森のカルトゥシュリーに辿りつく。と、今回の演目『Les Naufragés du Fol Espoir(愚望に溺れる難破者たち)』のためにお色直しされた演劇小屋が目に飛び込む。飾り文字、色電球———まさに今回の舞台設定となる、20世紀初頭のギャンゲット(大衆キャバレー小屋)そのものだ。

ドンドンドンドンドン!  開演1時間前に扉の内側から快音が響く。ムヌーシュキン自身による「開場の儀式」だ。この音ののち観客は 「accueillis=もてなし」の精神で場内に迎え入れられる。最初の間は、天井高6メートルの木造ロビー。役者と観客がまぜこぜに行き来する室内で、ゆったり手料理を堪能できる。次の部屋は、役者の控えの間。遠慮がちに刺繍レースのカーテンを開けると彼らの化粧風景を覗き見できる。さらに奥に進むと、ようやく演技空間が。この14m×14mの舞台面で、じつに10ヶ月に及ぶコレクティブ(ムヌーシュキンが取る集団創作の方法)稽古で完成した3時間45分の大作が上演される。

新作の主題は、一縷の希望をもち未来に賭したヨーロッパ人たちの愚かなまでに勇敢な歴史譚。1914年。サラエボ事件が勃発し、第一次大戦の火蓋が切られたまさにその日に、パリはずれのギャンゲット店「Fol Espoir」の屋根裏で、社会主義の映画監督がジュール・ヴェルヌの『ジョナサン号の難破者たち』を土台に、自主映画を撮りはじめるところから始まる。

本作では1914年現在の出来事と、無声映画の劇中劇が併行して演じられる。たとえば第一場では、ハプスブルク帝国皇太子ルドルフ役を、現代では共同映画監督に扮する役者がクチパクの無声演技で仰々しく演じぬく。場面に登場しない人々は、風を起こし、照明をあて、画面に見切れないよう突っ伏して美術を支え、SFX出現以前のけなげな人力裏方作業にまわる。

最終場、ムヌーシュキンはフランスの政治的英雄ジャン・ジョレスの「自由を基盤に、平等を手段に、友愛を目的に生きよう」という言葉を引用する。そして無声映画の登場人物たちも、第一次大戦中の映画人たちも、それを見る我々現代人も、あいもかわらず「愚かなユートピア願望」を目指してもがいているのかもしれない――、と過去と現在をつなげて幕をおろす。欧州史の延長に我々の「生」が確認できる、社会派ヒューマニストのムヌーシュキンらしい傑作史劇だ。

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This entry was posted on April 30, 2011 at 23:46.

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