Interview 岩松了 / 劇作家・演出家

February 1, 2010

スタンダールの啓示的一文

 ロシア語科と聞くとどうしても、しばし岩松が好きな劇作家として名をあげるアントン・チェーホフのことを想起してしまう。だが実は彼がロシア語科を選んだ理由は、チェーホフではなくドストエフスキー。「現代国語の若い女の先生がドストエフスキーがいちばん偉い作家だ」と言っていたことに影響を受けての決断であった。そうして十代最後の年に、青年は念願の大都市に降り立つ。不安、期待、懼れ。そのときの自分の揺れうごく心を、岩松は、当時耽読していたスタンダールの長編小説『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルになぞらえてこう語る。

「大学に入ったときにいちばん最初に読んだ小説がスタンダールのこの話。物語のなかで、ジュリアン・ソレルがはじめてパリのカフェに足を踏み入れたときの描写があるんですけど。パリの人たちは闊達で自由で、田舎者のソレルはそんな人たちのなかで少しすくむんです。けどそのあとに、作者のスタンダールはこんな地の文を付け加えている。<田舎者の小胆さは、それが克服されると、かえって強い意志になることがある>。東京に出てきたばかりで街にびびっていた僕には、この文章がすごく強く響いてね。この一文を証明するために自分は東京で頑張ろうって、肝に銘じた覚えがあります」

 スタンダールの一文を胸に、負けじ根性で都会の大学生活に乗りこんでいった岩松。だが「漠然と東京に出る」ことを人生最大のミッションとしていたばかりに、その夢があっけなく叶ったとたん、彼のキャンパス生活に対するやる気はいっきに萎えていった。そして気づけば、講堂よりも雀荘に通うダラダラな日々。ただそんなおり彼はクラスにひとりだけいた演劇部の友人に興味を持つようになり「演劇ってどこか都会的な臭いがするな」と、ゆるゆると、生涯たずさわることになる芝居の世界に巻き込まれていく。

「僕が入部したのは<演劇部ベガ>っていうわりと穏健派なサークルだったんですけど。外語大にはもうひとつ<演戯集団ゾク>っていう学生運動の流れをくむ過激なグループがあってね。彼らの部室のまえには冨士純子の等身大の任侠映画の看板が置いてあったりした。で、あるとき僕は意を決して彼らの公演を一度だけ覗きに行ったんです。キャンパスの傍らにある煤けた木造校舎。そこに彼らは大音量のロックバンドを入れて、そのロックの音にあわせ、ヘルメットをかぶって竹槍を持って一心に壁をつついていた。……いやぁ、都会の人は進んでるなぁって思いましたね(笑)。しかも彼らの掲げていたスローガンが『いっさいのメロドラマを粉砕せよ』ですからね。正直、彼らにはかなわないと思った」

 「かなわない」という感情にまつわる、もうひとつのエピソードがある。この演戯集団ゾクのなかに、まるでジュリアン・ソレルの再来のごとき紅顔の美少年がいた。彼の名はイノウエ君。岩松はいまでも自分と同い年であった彼が、前述の竹槍公演のあとに活動機関誌に綴った一文を脳裏からぬぐい去れないでいる。

「前回の公演で我々がいみじくも露呈したメット意識は……」

 この流れるような書き出しの一文を目にしたとき、岩松はふたたび都会人に対しておののくような衝撃を覚える。こんなボキャブラリーはいまの僕にはまったくない。いったい都会の人はどれだけ進んでるんだ。スタンダールの言うところの田舎者の小胆さが、再びひょっこり顔を出す。あるいはその感情は、劣等をとおりこして憧憬に近いところにある屈服感だったのかもしれない。だが年若き岩松はそこで心を閉じることなく、自分なりに演劇活動をつづけていく。

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This entry was posted on February 1, 2010 at 22:55.

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