Interview ロメオ・カステルッチ / 演出家
——あなたは今まで『神曲』だけでなく、シェイクスピアの『ハムレット』(92)『ジュリアス・シーザー』(97)、アイスキュロスの『オレスティア』(95)、セリーヌの『夜への長い旅路』(99)と多くの古典文学を舞台化してきました。なぜこのような重量級のテキストを選ばれてきたのでしょうか。
RC:私がこれら古典作を選んできたのは、それらが歴史に属するたぐいのテキストではなく、むしろ現代社会を適確に描写するテキストだからです。つまり私は、我々のいま生きている時代にも通用する普遍的な力をもつテキストを選んできたわけです。ただしそれと同時に、舞台の創作はつねにこれらテキストに抗う戦いだともいえます。なぜなら本がある場所、テキストが占有する場所では、演劇は決して存在しないからです。演劇は文学ではありません。演劇は肉体の芸術です。つまり演劇を創るさいにはいったんテキストから離れねばならないのです。ですから私はこれら古典文学に、新しい息吹を吹きこんだり、現代的に読みかえたりしようという試みには興味がありません。そのような試みは……、私はなにも同業者と論争をするつもりはありませんが、それは私にとっては古びた記念碑を讃える葬儀のようなものです。演劇はそうではなく、真っ向からテキストと戦わねばならないのです。
——だからこそあなたは「すべての演劇は空間における身体表現だ」と考えたフランスの演劇人アントナン・アルトーに同調するのですね。
RC:ええ、アルトーそしてサミュエル・ベケットにも敬意を抱いています。なぜなら彼らは、新しい言語を考案するために、いちど既存の言語を殺した人たちだから。そうすることで彼らは別世界を考案したわけです。ちなみにこうしてしゃべっているときも、私は他人の言葉を使っているといえます。言語とは、非常に因習的・社会的なものであり成り立ちとして歴史そのものを背負っています。ですから私が口にしているこの言語は、私自身を表すものではなく、まるで私のそばにいる他人を表す言語のようなものです。ところが、創作にあたっては完全に私個人の言語が必要になってきます。言葉は口にしたとたん他人のものになってしまうにも関わらず、創作時には独自の言語が必要になってくるのです。ゆえにおのずと、クリエイションは独りで行うことがラクになっていきます。そのようなこともあり私は『ヘイ・ガール!』(06)以後、姉のクラウディア・カステルッチと、ドラマトゥルグのキアラ・グイディと別れて単独体制での創作をはじめました。


TRAGEDIA ENDOGONIDIA BR#04
Photo © LUCA DEL PIA