Paris Report ジョセフ・ナジ / Les Corbeaux

August 17, 2009

 舞台上、背景と床には白い紙、上手奥には漆黒の巨大な樽。そこにたった二人の出演者、ナジ自身と、作曲家で即興ジャズ奏者のアコシュ・スゼルヴェニュイが登場。音楽というより音の振動そのものを伝える、石の摩擦、笛の呼気、寝かせられたギターへの殴打などが静寂に響くなか、その振動に呼応するかのように、全身、鴉色の衣装に身を包んだナジが優雅な舞というよりも獣的な動きを提示する。また素手をインク壺に浸し、背景の紙に、植物学や量子物理学を思わせる独特の文様を描いたと思いきや、後半には身体そのものを後方の巨大な樽にどっぷり沈みこませ、紙と格闘するレスラーのようにアクションペインティングをほどこしていく。そのムーヴメントは精緻ながらダイナミックで、ナジの内に秘めた衝動の強さを表していた。私にはその姿がどうしても、行水に挑む修行僧のように思えてしまったのだが。後方席の子供は上演中ずっと「Le Chat! Le Chat!」と隣のママンにつぶやいていた。彼にはナジが敏捷な黒猫に見えたのだろう。私も少年もなぜか、タイトルの「鴉」は連想しなかった。

 ナジは近年、06の『パソ・ドゥブレ』などでも見られるように、画材でなにを描くかではなく、画材そのものを吟味する「素材主義」とでも言えるような傾向に走っているように思える。音も、光も、身体も、空間も、すべて上演時間のあいだにひとつの宇宙を完成させるための画材になる。結果、完成型の絵が修行僧を連想させることもあれば、猫に見えることもあれば、鴉にも思える。だがひとつ確かなことがあるとするなら、誰もが、同じナジの静謐な宇宙に身を浸した幸せな「感覚」を持って帰路につくということ。それは言語化できない五感体験で、だからこそ言葉よりも強い。あえて言葉であらわすなら、それは香水のアコードに近いかもしれない。絶対的な透明感と、高品質の天然香料。ベチパーとサンダルウッドとどこか東洋の珍しいインセンス。温かで静かで土の香りのする、ノワール・ド・ナジ(ナジの黒)。そんな世界にひとつしかない秘宝的な匂いをまとって、終演後、観客のひとりひとりが夜のパリに拡散していく。街のいたる場所でナジの香りがゆっくりと再考される。


7/25 〜 26 Maison des Métallos / Running time 40 min creation 2009
CHOREOGRAPHY AND SCENOGRAPHY Josef Nadj / MUSIC COMPOSITION Akosh Szelevényi / PRODUCTION Centre Chorégraphique National d’Orléans

CCNO Centre Chorégraphique National d’Orléans >>http://www.josefnadj.com/

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This entry was posted on August 17, 2009 at 02:04.

2 Responses to “Paris Report ジョセフ・ナジ / Les Corbeaux”

  1. CDF

    今宵、ラヴィレットでこの作品を観て参りました。
    そうして、この記事に行き当たり、自分の感じたこととほんとうに同じだ、と嬉しくなり、かつまたそれを明快に表現してくださっているので、爽快な気分になりました。
    背景の白い巨大な紙に、ナジが両手でわちゃわちゃっと描いたとき、ふすまに手で落書きをする子供の原始的な衝動が、自分の中に沸き起こり、それをまた、現に行っているナジの身体感覚が、こちらにも体験され、言いようのない幸福感を味わったものです。

    言語化できない良さ、それがナジの作品であることを、こんなに上手く言い表してくださって、感謝したい気持ちです。

    #15
  2. CDFさん
    コメントありがとうございます。ナジの作品の良さを、同じ観劇体験でシェアすることができて嬉しいです。彼の作品は本当に、子供遊びのような愉快さがありますよね。

    #16

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