Avignon Report ジャン・ミシェル・ブリュイヤール LFKs / Le Préau d’un seul

August 8, 2009

Jean Michele Bruyere 二年前の洞爺湖サミットで、仏サルコジ大統領が福田元総理の握手を公然と拒んだというニュースをどこかで読んだ。一国の大統領によるあからさまな反日感情。さしのべられた手の行き場のなさと、それにつづく場が凍てつくような自嘲。事情の詳細はわからないが、時勢眼にたけた友人から「欧州の一部で極右化が強まっている」という恐ろしい言葉に耳にしたばかりであっただけに、その後もずっとこの情景は、私の記憶の片隅にある違和感とともに留まりつづけた。だがまさかアヴィニヨンを訪れて、自分が同じ拒否権を行使されるとはゆめにも思わなかった。

 セバスティアンという聖なる名をもつ青年。健康的な農夫のように陽に焼けた逞しい体躯と、高貴な黄金の髪に縁取られた男らしい美貌を持つ彼は、つたない「アンシャンテ(はじめまして)」とともに私が差し出した右手に、一瞬ちらりと視線を落とし、一拍おいて半歩あとずさり「ボンジュール」と不感症な声で応えた。しかもその後の賑やいだディナーの席で……、安価なレッドビールの酔いがまわりはじめていたとはいえ、面と向かい「ジュ・デテスト・ル・ジャポネ(僕は日本人が嫌いだ)」と言われたときには、予測なしに横っ面を殴打されたような驚きをおぼえた。というより、避暑地で暢気にテニスを愉しむかのごとき他愛のない会話がつづくなか、それと同じ気軽さで、デテストという剛速球がとつぜん美貌の青年の形のよい唇から放たれたため、私は彼のそのあまりの邪気のない言葉にむしろ愛嬌さえおぼえしまったのだ。だから彼がなにをもってそこまで日本人を嫌うようになったのか、ついぞ理由を聞く気にならなかった。おそらくそこに思考的に練られた理由はない。それは毎朝飲む一杯のミルクのようにあたりまえのことなのだろう。そして疑念のない美しき自信家の心には、ユートピアのように真っ白な純粋さが存在するだけで、そこからは衝突も軋轢も議論の余地も生まれてこないのだ。

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This entry was posted on August 8, 2009 at 00:02.

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