Travelogue ボンヴィヴァンたちの時間

July 31, 2009

DSCF0553陽が昇ると、この街では中世の彼方からモーニングコールが届く。最初は重たいふたつの低音、そしてそれにつづく朗らかな軽音。居候先から目と鼻の先にあるパレ・デ・パップ(法王庁宮殿)の天を貫くような鐘楼から、八時頃、穏やかな鐘の音が、半開きにしたペルスィエンヌ(鎧戸)の向こうから涼風に乗りたゆたってくる。現代の多くのアラーム時計は、分針がカチリと起床時刻に重なると、睡眠時の心拍数にまったくあわぬ、けたたましい油蝉のようなデジタル音を放ちはじめる。非人間的に「起きろ、出かけろ、働け」とせかされているようで気づくと朝から眉をひそめていたりする。だがアヴィニヨンの鐘の音はこれとは異なり実に心穏やか。まるで明け方に瞼を閉じたまま受ける恋人の接吻のように、ささやかに、でも確実に、口角が自然とあがる幸せな目覚めを届けてくれる。

 まず最初は遠慮がちに、睡りにまどろむ重たい無意識を低い囁声で覚醒する。そして少し間をおいたのち、カラコロと弾む朗らかな子供の笑い声のような鐘の音がつづく。十四世紀に最も栄えたというこの街のかつての庶民たちもおそらく、同じようにこの音色に包まれて、爽やかな朝を迎えたのだろう。大都市東京の高速歩調とはあきらかに異なる、ゆったりアンダンテな一日がはじまる。

「ボンジュール、イル・フェ・トレ・ボー」おはよう、今日はとってもいい天気ね。
 昨日会ったばかりだというのに、まるで旧知の仲の友達のように陽気に話しかけてくる居候先のアパルトマンの家主マヤ。はにかんだ笑顔が小さなパンジーのように魅力的な彼女はまだ二十四歳で、毎朝、街の鐘の音ともに目覚め、さっとシャワーを浴びて塗れた栗髪に櫛をとおし、ノーメイクで車に乗り込み近所の仕事場に独りで向かう。背負うリュックには仕事道具一式とともに、習い始めたピアノの五線譜が無造作につっこまれる。
「家は好きに使っていいからね」。そう言ってバタンと彼女がドアを後ろ手に閉めたのちも、私はまだ、真っ白なシーツにぬくぬくとくるまり、塵さえも美しく見せる朝陽の恩恵に授かっていたいと怠惰に思う。足先が痺れるほど大きな伸びをひとつ、のち光と静寂。さてと今日は何をしようか。どんな舞台を観に行こうか。そんな暢気な思考にベッドのなかで眠気まじりに浸っていると、隣家から微かに、気怠いラヴェルの『ボレロ』の旋律が聞こえてくる。

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This entry was posted on July 31, 2009 at 03:44.

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