Travelogue ピュターン!

June 18, 2009

 ここでどう出るかだぞナイーヴなアジア人。と、折れそうになる心を必死に保ち正当な返句を探す。だが根っからの思考的瞬発力の弱さと、異国言語の壁に阻まれ、どうにもいい文句が浮かばない。どうしよう、どうしよう。気ばかりが焦る。だが、ここで天から救いの声。どうやら彼女の傍若無人さに唖然とさせられていたのは、貧弱なアジア人の私だけではなかったらしく、予想外なことに、さきほどのマダムが声高に弁護を買って出てくれた。
「マドモアゼル、ちょっと落ち着きなさい。彼氏とは一時間後に会えるからいいでしょう。彼にはそこの前列の空いている席に座ってもらいなさい。この女性はここに座る権利があるのよ」
 私もとりあえず、なるべく冷静に、ダブルブッキングされた席番事情の説明をこころみる。だが当然のごとく、目の前の赤ストールは私の正当理論に一ミリも耳を傾けることなく「彼氏と座るの、彼氏と座るの、信じられない、ピュターン(娼婦)!」と劇場中に響くかのごとき金切り声で咆哮する。しかも当の彼氏は、そんな半ばオフィーリアの狂乱場のごとき精神状態にある彼女を放ったらかしにして知らんぷり。そそくさと空いている補助席に座り、こちらを振り返りもしない。ああ、もう。なんて身勝手なの、みなさん。
 そんな理の通らぬやりとりがつづくなか、客電は無情にもズンッと消えた。肉食獣のようにわめいていた彼女も闇のなかでとうとう堪忍する。草食動物系のメンタリティを持つ私は、怒気を荒々しい呼吸に変える隣席の客に居心地の悪さを抱えたまま、光を放つステージに目を向ける。
 誰もが自分なりの意見を持つインディビジュアリズム。この主義は諍いの種火にもなるし、世界を深化させ進化させるための尊い衝突にもなりうる。またときたま周囲にうんうんと頷いてばかりの日本の風土からみると、凛々しく美しく思えることさえある。けれど個人主義もいきすぎると、転じて、こうした醜い利己主義に陥る。いやこれでは、オモチャが欲しいと泣いてぐずる子供のワガママと同じだ。日々の生活のなかでたいがいの人間は、肉しか食わん、野菜しか食わん、と強情に言い張ることはせず、栄養バランスのとれた健康な食生活をたしなむ。これと同じで肉食獣的な個人主義も、草食動物的な集団主義も、いきすぎると機能不全をきたした宗教に徐々に近づいていく。そんなことを、零下の寒さが肌を射るパリの夜にふと考える。心が震えるぜ。ピュターン。

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This entry was posted on June 18, 2009 at 23:06.

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