Interview エドワード・ホール / 演出家

July 20, 2009

Photo © Nobuhiko Hikiji

Photo © Nobuhiko Hikiji

英国田舎町にある元水車小屋劇場。ここが彼の工房であり遊び場。元RSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)の伝説的演出家ピーター・ホールの息子でありながら、彼エドワード・ホールは、親の七光りという権威をあえてくしゃくしゃと脱ぎ捨て、Tシャツにデニムというインディーズ・ミュージシャンのごとき装いでシェイクスピアと戯れる。去る7月には彼が率いる男ばかりの演劇カンパニー<プロペラ>がどやどやと初来日。『ヴェニスの商人』と『夏の夜の夢』の2演目を上演した。筆者は来日に先立つこと一ヶ月前、Brookoyn Academy of Musicでの彼らの公演にのぞむと同時に演出家に話を伺うべく一路ニューヨークへ。だが草臥れた足で辿りついた劇場には、役者はいるものの演出家は不在。「エドワードはいま、イギリスで映画を撮っているからね」。そんなスタッフのつれない言葉を胸に、いったん退却したのち作戦変更。日本時間朝4時、眠りにつこうとする思考回路に鞭打ち、東京ーロンドン間のスカイプ電話取材を敢行した。

——今日は忙しいなか取材に応じてくれてありがとうございます。電話が何度か留守電になって通じなかったようですけれど……。
 ああ、じつは今日のシューティング(映画撮影)が予想以上に長引いてしまって。国際電話番号の着信に気づいてはいたんですけど、出ることができなかったんです。いまはもう自宅の居間で、のんびりしているところなんで大丈夫。いくらでも話せますよ。

——それでは、最初は定型どおりの質問から。どのような経緯でプロペラが始まったのか簡単に教えてください。
 あれはたしかトニー・ブレアが国のトップに選ばれるとBBCのニュースが毎日のように騒ぎたてていたころ。僕はいまの劇団拠点であるウォーターミル・シアターのディレクター、故ジル・フレーザーと膝を交えて「なにか面白い芝居が作りたいね」という話をしていたんです。モダンな美しさ、ライブ演奏、生の音響効果……、それら要素を古典戯曲、特にシェイクスピアの戯曲にのせて芝居を作ったら楽しいんじゃないか。そんなコーヒーテーブル越しの会話が高じて、97年に『ヘンリー5世』を作りあげることになったんです。ここでは役者たちがみずから楽器を演奏し、小道具を自分たちで管理し、場面転換もすべて手動で行った。つまり舞台上のすべてが芝居の当事者である役者たちの手によってコントロールされていて、彼らは役者であると同時にストーリーメーカーをも担ったわけです。芝居の中身は、威勢のいいヘンリー5世の台頭にブレア人気をひっかけた非常に現代的なもの。嬉しいことにこの作品は大成功をおさめ、イギリスのナショナルシアターから、フィリピン、ドイツ、キプロス、インドネシアと様々な国を巡ることになりました。この成功をうけて僕らは、さらに芝居を作り続けることに。そして3作ほど立て続けにシェイクスピア作品を上演しました。そんなときメンバーの誰かがボソッとつぶやいたんです。「そろそろ俺たちには集団名が必要なんじゃないか」。それで話し合いのすえ<プロペラ>と名乗ることにしたんです。だからそれまでの僕らは、ただシェイクスピア芝居を作ることを愉しんでいる、名もなき物好き連中の集まりだったんです(笑)。

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This entry was posted on July 20, 2009 at 20:23.

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