アヴィニヨン

【Interview】ジゼル・ヴィエンヌ / 演出家・振付家

M2538-300x176—— この秋、初めて東京で作品を上演されます。あなたのことを知らない観客も日本にはまだいますので、まずは基本的な経歴から伺わせてください。あなたは演出家として非常にユニークな経歴をお持ちですね。大学では演劇ではなく哲学を専攻され、その後、フランス国立高等人形劇芸術学院で学ばれます。なぜこのような進路を選ばれたのでしょう。

GV 私は若いころから非常に多くのことに情熱をそそいできました。文学、哲学、音楽、ヴィジュアルアート……ほかにもありますが、主だったものはこれらです。そしていつも私は、文学と音楽とヴィジュアルアートを融合する最適な手段は人形劇だと思いつづけてきました。別に子供のころから人形劇をたくさん見ていたわけではありません。ただ私自身が、そのような人形劇を作れると漠然と信じてきたのです。それで国立高等人形劇芸術学院への進学を志したわけですが、まさか合格するとは思いませんでした。それまでの私は、ヴィジュアルアーティストである母の影響でハンス・ベルメールやアネット・メサジェなどの創作人形に触れていたとはいえ、大学ではまったく関係のない哲学や音楽を勉強していたわけですからね。でも運良くこの教育機関に受け入れられ、私は初めて本格的に演劇や人形劇を学ぶことになりました。なかでも当時見た淡路人形座の文楽にはとても感銘を受けました。私がその頃から試みようとしていた、テキストと音楽とムーヴメントの相互性が、そこではすでに洗練されたかたちで完成されていたからです。

—— 卒業後あなたは、生身のからだと人工物である人形、その双方を素材として振付家・演出家・ヴィジュアルアーティストとして創作を始められます。そして6年後の05年に『I Apologize』『Une belle enfant blonde』をたずさえアヴィニヨン演劇祭に登場されます。

GV 今年でアヴィニヨンは三度目になりますが、初めて招聘されたとき私はまだ29歳で、いまと同様かなり過激な作品をつくりつづけていたため、このような歴史あるフェスティバルに参加するのは無理だろうと思いこんでいました。けれど当時アソシエート・アーティストを務めていたヤン・ファーブルが私のことを強く押してくださり、芸術監督のヴァンサン・ボードリエールにも気に入ってもらい、私はアヴィニヨン・デビューを飾ることができたのです。この幸運にはとても感謝しています。

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Posted on by K.Iwaki in ARTICLES / 記事
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