【ARTICLE】国家神話や資本主義に抵抗するパフォーマンス・アート

演劇などの舞台芸術は、英語ではパフォーミング・アート。意訳するなら「演技する芸術」となる。ひるがえって、一九二〇年代の未来派やダダイズムの表現領域から勃発したパフォーマンス・アートは「実演する芸術」とでも訳せる。前者は演劇、後者は美術の分野から発達した表現であり、さらにいえば前者はおおむね非日常空間を構築することを目的とし、後者は日常空間に亀裂を入れることを目標に据える。

おもしろいのは、近年、このパフォーミング・アートとパフォーマンス・アートの領域が、欧州で再び接近していることだ。理由はいくつか考えうる。第一は、物質的な事情。二〇〇八年の「グレート・リセッション(大恐慌ならぬ大不況)」前後から、ほとんどの劇場や演劇祭では、大人数の俳優や大型舞台美術を要する作品をたやすくは制作できなくなってしまった。そのため資材費、人件費、運搬費が安あがりにすむ、身ひとつで作品提供できるパフォーマンス・アートがもてはやされるようになっていった。

第二には、第一の事情から派生する経済的な理由。一九六〇年代のシチュアショニストたちが資本主義社会における大量消費を「スペクタクル」とみなして批判したのと同様に、二〇一〇年代の作家たちは、一パーセントの勝ち組のために世界がまわる超資本主義社会を糾弾しはじめた。結果、ティノ・シーガルのように、絵画でも、彫刻でもなく、「構築されたシチュエーション(状況)」を批評的に作品化する芸術家がヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を獲得したりもした。もちろん、彼が美術マーケットが誇る最高権威からの賞を拒まず、遠慮なく受け取ったことを批判する声も同時にあがった。

第三には、政治的な現状があげられるだろう。国家、民族、宗教などにまつわる危機が渾然一体に絡みあった二十一世紀の政治社会では、いうまでもなく大文字のポリティクスをひとまず小文字のアイデンティティ・ポリティクスに分解して考えてみる必要がある。国家単位の言語を、個人単位の言葉に翻案して思考する必然性に迫られる。

例えばオーストリア在住作家の 松根充和が、今年七月、ザルツブルグで発表した新作『 Dance, if you want to enter my country!』(photo: Bernhard Müeller) は、その端的な例だ。本作は、名門アルヴィン・エイリー・ダンス・カンパニーの舞踊手であったアブドゥル= ラヒムジャクソンが、名前がムスリム系の響きを持つというだけで、テルアビブの国際空港で入国審査官にテロリストだと勘ぐられ、「俺の国に入国したいな ら、踊ってみせろ!」と命令されたという二〇〇八年の事件を創作の出発点におく。もし仮に松根が、この事件だけをたよりに作品を構成したならばそれは、ド イツ語圏の人間がユダヤ人を無条件に批判する、というかつての負の歴史(ホロコースト)を連想させる作品になっていたかもしれない。その陥穽にはまること を避けるべく、松根は本作に個人の声を挿入していく。

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つまり日本人のアーティストである自分は、果たして入国審査で理不尽に止められることがあるのか、止められたとしたら、自分がプロのダンサーであることを立証できるのか(松根は欧州でダンス教育を受けた)、と問いを投げかけていく。

その問いを極端に追求すべく、松根は大胆にも、自分の眉毛を剃り落とし、その毛を口髭として糊付けし、そのうえで撮影した奇妙なポートレート写真が載るパスポートで入国審査官に挑む。写真の松根と、実在の松根は、かなり異なる。しかも写真に映る松根はかなりうさんくさい。にも関わらず、世界で第四位の効力を持つ「日本国」のパスポートを持つ男は、やや怪訝な表情を投げかけられつつも、テロリストだと疑われることはなく入国を許可される。四十数年前、テルアビブの国際空港で、自動小銃を乗降客などにむけて無差別乱射するテロ事件を起こしたのは日本赤軍のメンバーだった。その直後であったなら、松根が入国拒否されることも、あるいはあったかもしれない。松根の作品は、ある民族を危険視する「国家」単位の神話が、入国審査官やアーティストという「個人」単位の物語に、どれほど、どのように、影響を及ぼしているかを想像的に探究する。それは国家が統括する大文字の物語から抜け出そうとする、個人の必死な抵抗行為でもある。もしかすると国家による大音量の横暴さに嫌気がさした、切実な個々人の声が聞ける場として、いまパフォーマンス・アートは欧州で再び注目を浴びているのかもしれない。

(初出:「美術の窓」2015年9月号)

Posted on by K.Iwaki in ARTICLES / 記事
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