【BLOG】ロンドン最終夜

今日が、ロンドン最終夜です。
なにか自分のなかから感慨深いものがこみ上げてくるかと思いましたが、まったくそんなことはなく、少し肩すかしを食らっています。来るときもそうでしたが帰るときもかなり普通です。もちろん変化がないわけじゃない。ただ立派な変革というよりも、些細な変動が数えきれないほど内部で生起していて、しかもそれら地殻微動がすでに日常に統合されているため、自分でその変動を自覚化することができない。もしかすると東京に戻り、昔からの知人友人に接することで、自分の変化に気づかせてもらえるのかもしれません。なので1年前と比べてなにが違いますかと問われたら、いま出てくる答えとしては、「近所感覚で住める場所が増えた」ということぐらいです。世田谷とか東京とかと、あまり変わらない感覚でいまの場所に住んでいる。その緊張感のなさが果たして良いことなのか悪いことなのかは分かりません。でもそれがとても素直な感覚です。

勉強的にはとても実り多い1年でした。演劇のジャーナリストとして働いてちょうど10年が経った時点で、遅ればせながら初めてきちんとアカデミックな学習のために机にむかったわけですが、正統な思考訓練に励むことがこんなにも贅沢で楽しく、そして鮮やかな脳内整理になることに改めて気づかせてもらえました。働かないで勉強だけに従事させてもらえる時間なんて、そうそう大人になってからはありません。演劇を見て、ダンスを見て、アートを見て、記事を書いて、論文を書いて、本を出版して、学会に出て、演劇フェスを視察して、考えてみたら好きなことしかしてない1年でした。その意味で奨学金を与えてくださり、このような機会を与えてくださった伊藤国際教育交流財団の皆さんには本当に心から感謝しています。「演劇社会学」という日本ではあまり聞き慣れない学問を、少しずつでも日本の演劇界や若い人たちに還元していければと思います。

正直なことをいえば、進むべき方角も、住む場所も、一緒にいる人間も、仕事状況も、1年前よりもずっと流動化しています。形だけ見れば、私はかなり不安定な人間です。でも少しだけロングタームに異国に住んで、距離のある場所に身をおいてみたからこそ、自分を芯から支えてくれる貴重な人間が大勢いること、自分が支えるべき大切な人間が大勢いること、そして自分よりも若くて脆くて不安で「がんばれよ」と背中を叩かなきゃいけない若者やそう若くもない人たちが大勢いることが自覚できました。習い立ての学問用語を使って気取って語るなら、自分が所有するエコノミカル・キャピタルは少ないかもしれませんが、ヒューマン・キャピタルは、ある面、増えた。だから不安定なはずなのに、妙に強い安定感があって、ねぇ、不思議な気分です。

明日から、家のない旅人生活のはじまりです。
まずはリヨン、それから東京、その後、オーストリア、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツの都市を経由して、また東京に戻る予定です。

旅は趣味で仕事で自分の好む日常です。でも今後はもうすこし一カ所に定住したい気分が出てきています。これもおそらくここ1年の変化でしょう。なんだか家にいて、同居人と庭掃除をしたり、パイを一緒に焼いて食べたり、近所のカフェ店員とジョークを言いあったり、隣近所の中華屋の兄ちゃんと仲良くなったりするのは、とても居心地がいいのです。そんな平穏さのある毎日が、むしょうに愛おしく貴重に思えます。東京で忙しく働く生活もとても好きでしたが、ロンドンでゆったりする時間もかなり好きで、なんだか頭でっかちになったこと以上に心が肥えた気分です。この肥えた心に無駄な贅肉がついていないかどうか精査しつつ、これからも、というか、これからこそだな、私のできるかぎりの範疇で丁寧に生きていこうと思います。痛いめにも、かなりいっぱいあいました。人を傷つけもしました。前歯を二本失いました。でも総じて学びの多い一年でした。ロンドンでお世話になった皆さん、本当にありがとうございました。感謝です。なにかできることがあったらいつでも連絡下さい。これからも私は身の丈にあった無茶をして生きていこうと思います。さ、帰ろう。

Posted on by K.Iwaki in BLOG / ブログ