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【ARTICLE】 言葉の「錯視」で作られるリアル

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言語の限界性から出発する演劇の系譜はアルトー、ベケット、現代のロメオ・カステルッチにまで連なる。「言語の敗北を考えることで、彼らは意味の伝達を試みた」とは、カステルッチによる先人ふたりの評だ。つまり彼らはみな、幾重にも重なる現実世界の意味の多声性を、たった一つの声にフラット化することに疑いを感じ、窮屈な言語世界から離陸して、体、光、(無)音、映像、オブジェといったシニフィエの空で自由に飛びまわることを選択したのだ。すでにこうした言語の無化実験が演劇では行われてきたにも関わらず、いまふたたび欧州シアターシーンでは、言語への疑義を問う作品が多く散見される。

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【ARTICLE】現代演劇が問う「効率性」の危機

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「効率性」という単語が流行っている。なにもそれはイタリアの国内総生産より多くのGDPを産出する巨大金融街ザ・シティで、アドレナリンを煽る文句として流行っているというだけではない。欧米圏の演劇界ではここ数年、効率性、より平たく言えば金稼ぎのための効率性を、芝居の議題として果敢に取りあげつづけているのだ。例えばソレは、日本でも翻訳上演された英国人劇作家ルーシー・プレブルの『エンロン』(2009年、ロイヤルコートシアター観劇)では、階層を無駄なく駆けあがってきた出世男の悲喜劇人生の起因として語られる。また独人劇作家ファルク・リヒターの『氷の下』(2013年1月、シャウビューネ観劇)では、一分一秒を無駄なく金換算ための暗黙の条件として示唆される。

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【ARTICLE】レポート:パリ巨匠たちの常設小屋を訪ねて

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ピーター・ブルック、太陽劇団のムヌーシュキン、ジンガロのバルタバス。 彼らはそろって親日家として知られ、過去に豊かな演劇体験を極東の島国まで届けてくれた。だが厳密に語るなら、それはクリエーション全体の、ほんの片りんにも満たないかもしれない。パリとその周辺にある個々の常設劇場に足を運び、そこでの体験にコミットすることで初めて、彼らの総合芸術の真価は分かる。落葉に濡れる初冬のパリ。巨匠たちの三つの常設劇場を探訪した。

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【ARTICLE】アーティヴィズムの馬鹿力

先行き不安な経済危機に世界中が瀕するいま、「芸術」は「娯楽」以上に、肩身が狭い思いを強いられている。芸術とは、一般的に金と暇のある趣味人が心の慰めのために楽しむもの。さらに言えば、大型娯楽コンサートのたぐいが何万枚ものチケットを売りさばき経済促進にある程度貢献しているのに対し、芸術はなにひとつ市場経済の拡大に奉仕しない。それどころか多くは、財政的な支援を必要とする。だから芸術は娯楽以上に無用の長物として捉えられる。

こうした影響を受け、例えば英国芸術評議会は2014年までにその年間予算を約30%削減する指針を表明した。またオランダの極右政党<自由党>の初代党首であるヘルト・ヴィルダースなどは大胆不敵にも「芸術とは、左翼たちの趣味だ」と言いきった。しかし果たして本当に、芸術とは無益な代物なのか。また経済的に無益なものは、社会的に無効なのか。

このような芸術の存在意義にかかわる差し迫った問いに応答すべく立ち上がったのが、オーストリアはシュタイヤーマルク州の州都グラーツで44年前に設立された芸術祭「 Steirischer Herbst(シュタイリシャー・ヘルブスト)」。例年の2週間に渡る上演プログラムに先駆けて、今年は初の試みとして、芸術と政治にまつわる議論キャンプ「 Truth is Concrete(真実は具体的である)」が開催された。1週間170時間ノンストップで行われたこの議論キャンプには、世界中から約200人のアーティスト、アクティビスト、学者が招聘され、さらに100人の若手研究者や学生が加わり、大きく分けて3つの問いへの考察を重ねた。その問いとは、政治にどう芸術が介入できるか。芸術でどう政治を表現できるか。そしてこれら二つの問いから、最終的に、どう社会問題に対しての解として手応えのある真実を抽出できるか。この3つの問いに対し、300人が多角的に知恵を絞りあい、またその約1/3は主会場の上階に設えられた質素な簡易合宿所に寝泊まりし、文字通り不眠不休でレクチャーやパフォーマンスを展開した。

例えば、朝5時に街に繰り出し、地元劇団「Theater im Bahnhof」の導きで、グラーツで社会問題として取り沙汰されるホームレス問題についてのフィールドワークに取り組んだかと思えば、昼頃から昨年のエジプト革命において市民ジャーナリズムの中心的役割を担ったマルチメディア集団「Mosireen」によるディスカッションに参加、深夜2時からはロシアの政治権力を転覆させるため扇動的活動を繰り広げる芸術家集団「Voina」や「Chto delat」によるレクチャーに耳を傾けることができる。また食事の席につけば、つい最近までヒズボラと寝食を共にしていたという中国系男性や、世界各国のテロリスト集団の弁護士を集めて「裏国連」のような議会で民主主義を再定義しようとするオランダ人アーティスト、またウクライナで女性人権活動を行う「Femen」のメンバーと語らうことになる。朝から晩までこの調子で、最初の数日はその思考的守備範囲の莫大さに眩暈を覚えた。

しかしその眩暈に慣れてきたころ、ひとつの疑問が浮かんできた。とういのも日を重ねるほど、政治と芸術にまつわる議論キャンプであるはずの場から、芸術的要素が抜け落ちていく。つまり必然の結果として、どのようにいますぐ社会を変えられるかという直接政治的な方向に話が進んでいく。しかしそうなるとアーティストは結局、紛争の最前線で活動するアクティビストや、政策立案などに携わる研究者に比べると、政治に関しては素人でしかないことになる。だから当然、芸術家が芸術家としての存在意義を保持するためには、芸術ならではのアドバンテージを念頭に置いて政治に介入せねばならない。しかしその利点が、日々の議論から見えてこない。

このもやもやとした問いに対し、ひとつの突破口を示唆してくれたのが、過去二期にわたりコロンビア共和国の首都ボゴダの市長を務めたアンタナス・モックスによる愉快な講義であった。前市長であると同時に、数学者で哲学者でもある彼は、国家の社会問題に柔軟な芸術思考を介入させることに成功。実際にボゴダ市における自動車事故件数を約70%削減してみせた。具体的には、渋滞整理にまったく貢献していない給料泥棒のような警察官の代わりに、400人のプロのパントマイム師を導入しただけだ。

同様に、韓国の若手アーティスト、キム・ジソンは日本の福島第一原発事故を受けて、商品需要が高まるだろうと、自作した放射能防護服を市内中のH&Mの棚に「納品」。ソウルの若者たちが買い物レジに防護服を持っていく、という異様な現実を創造していた。日本でもぜひ、やって欲しい。また亡きドイツの演出家クリシュトフ・シュリンゲンジーフなどは、芸術をすべての人に、という一途な思いだけで、いきなりブルキナファソというアフリカの最貧国のひとつに巨大な芸術村を建設してしまった。

議論キャンプの影の立役者のひとりである政治学者シャンタル・ムフは、三日目のディスカッションで、ボゴダで見られたような政治と芸術とアクティヴィズムを融合する社会変革活動を「Artivism(アーティヴィズム)」と定義。その理論的源流が、68年パリ五月革命のシチュアシオニスト(状況主義者)たちのセオリーにあると説いていた。確かに、シチュアシオニストの代表的存在ギー・ドゥボールの考えは、モックス市長のそれに似ている。ドゥボールは、街中に異様なシチユアシオン(状況)を人工的に挿入することで、権力に飼い慣らされた市民たちの思考的な癖を「逸脱(détournement)」させ、個々人の自治を回復しようと試みたのだ。ムフはこの逸脱にこそ、現在におけるアートの可能性が潜むと主張。彼女の言葉を引用するなら「支配的言論があらゆるオルタナティブな言論を阻もうとする現在、新自由主義のヘゲモニーを不安定化させ転覆させることに貢献するいかなるすべも歓迎」すべきなのだ。この一文は、私たち日本人の心にも痛いほど響く。

よって筆者なりに一週間の経験から導かれた結論を語るなら、芸術が政治に携わる際に決して忘れてはならない心得とは「常識から逸脱することを怖れぬ、突拍子もない創意」ということになるだろう。平凡な結論だ。ただ、この常識の壁を超越できるアーティストは本当に少ないのだ。一週間で私は、そうした人間に一人二人しか出会わなかった。価値観の多様化しすぎた現代においては、話し合いから中道的合意を探る民主主義は、妥協案に陥りがちで、だからこそいまの世界で機能不全に陥っている。だが討議を飛び越えある種の変人的行為に出る独創主義は、痛快で、大胆に世界を変えうる。そこにこそ、アーティヴィズムならではの馬鹿力が潜むのかもしれない。

(新潮 2012年12月号 初出)

 

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【Interview】宮永愛子 / アーティスト

triennale100826_2—- あいちトリエンナーレで発表された新作『結―ゆい―』について伺います。まず本作ではなぜ、創作素材として、堀川の塩を使おうと思われたのでしょうか。場所にこめられた意味や思いを、具体的なエピソードどともにお聞かせいただけますか。

宮永 京都出身の私にとって、名古屋のイメージは通り過ぎる街。長く滞在することはありません。なので当初は町のシンボルである名古屋城の方角さえわかりませんでした。今回は、そんな自分自身の目線を大切にしつつも、名古屋の新しい発見に結びつくような展示をしたいと思いました。いつも私は、着想時に土地に流れている「過去の時間」を見つめます。現在は昔の続きにあるからです。はじめに名古屋の下見に訪れた時、お城につながる川を見つけ、その存在にとても惹かれました。こういう出会いとインスピレーションを、私は作品のはじまりとしてすごく大切にしています。その川について調べると、400年前の築城の際、木材を運ぶ運河であったことがわかりました。つまり「木の道」です。またこの川は、ものの売り買いのはじまる場所、名古屋の城下町の始まりであったことも知り、ますます魅力を感じてゆきました。

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