K.Iwaki

【BLOG】2014年に向けて

皆さま、明けましておめでとうございます。

年を重ねるにつけ、お正月という節目の尊さを実感しています。子どもの頃は、一年一年がまるで異質の重たさと豊かさをもって自分のなかにずっしりと蓄積していましたが、ミドルエイジのとば口に立つと、どうしてもダラダラのっぺり日常が続くような惰性的な時間感覚に陥ってしまう。そんなとき、まるでさっぱりとお風呂に入るように気分を一新してくれるのが、私にとってのお正月です。これから始まる一年を「充実した良いものにするぞ」という凛然とした志が芽生えてくる。とても清々しい季節です。

去年は、私にとって少しばかり停滞期でした。今年はロンドンの大学院での研究生活も3年目に突入することですし、また、いつまで研究者なんていう贅沢な身分でいられるかも分からないことですし、改めて気を引き締めて、まずは全力で「学者としての経験値を積む」ことに邁進したいと思います。具体的には春頃にロンドンでシンポジウムをみずから企画したり、夏頃に東欧の国際学会にいくつか参加したり、また博士論文完成とはべつに、日本演劇についての英語論文も発表のためシコシコ準備中です。あ、あと今学期からロンドンの演劇学生たちを教えはじめます。これまた、なかなかのチャレンジです。

とはいえ、これは年賀状にも書いたことですが、私の場合、大学の図書館に籠って過去の知識と格闘するという思索行為だけでは、どうしても幸福欲求度が半分しか充たされない。欲張りな話ですが、残りの半分を充たすためには、その獲得した知をいかに都市社会に連結させて武器として使うか、という実践に出たくなる。だからインプットと同じぐらい、アウトプットもしていきたい。それも日本と海外、双方に。そうして自分が芸術に対して近頃いっそう強く感じる「日常を拡張してくれる可能性」を、より多くの人々とシェアしていきたい。演劇研究者は研究者らしく、ジャーナリストはジャーナリストらしく、なんていう既存のフォーマットに当てはまることはさほど重要じゃないと思う。要は、未来を見据えて、過去の型に縛られず、自分がいちばん社会に貢献できる方法を探ればいいのではないでしょうか。

本年も何卒よろしくお願いします。日本滞在中は数えきれないほど多くの方々に自分が支えられていることが実感できて、本当に感謝の毎日でした。私は明々後日、ロンドンに発ちます。さあ、また独りの闘いのはじまりです。

 

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【BLOG】2020年の「芸術の自由」

「いまの空気は、戦争前の空気に近い」と述べられるご年配の方々が大勢います。好きなことを自由に表現することが許されない、なんとなく汲々とした危険な空気が世の中に充満している、と。私は戦争世代ではないし、果たして実際のところ、時代の異なる二点で似かよった空気が流れているのか、正直、肌感覚ではわかりません。けれど空気云々以前に、特定秘密保護法案が制定され、日本版NSC設置法案が成立し、さらに来年1月には戦時中の情報局をほうふつとさせる 言論統制機関「内閣情報局」の設置が予定されている、というファクトを羅列してみると「これは普通じゃない」という察しぐらいはさすがにつきます。多少なりとも文筆活動に携わる身として、また遠巻きながら芸術活動に関与する人間として、今後の日本の表現活動全般は「どうなってしまうのか?」という危機感がつのってくる。芸術の、表現の自由は、日本では2020年に向けてどうなっていくのだろう。

少し調べてみたところ、 欧州連合加盟国28国のうち17の国々では、国民の基本的人権として芸術の自由が憲法で保障されています。例えば、オーストリアでは基本的市民権で「Freedom of the Arts(芸術の自由)」が基本権保護領域として挙げられています。またドイツ基本法5条3項では「The arts and science, research, and teaching shall be free(芸術、科学、研究、教育は自由であるべき)」と明記され、芸術と学問の自由が護られています。意外にも、フランス共和国憲法にはこの「芸術の自由」が記されていません。「教育、専門訓練、文化を利用する、子供と大人の対等な権利」という一文があるのみです。では日本ではどうか?

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【NEWS】最近の主な執筆

・『聖なる怪物たち』公式プログラム / 論考寄稿

「芸術の力を信じている。なぜなら芸術は長い時間をかけて、内部から人間を変えていけるから。政治は短命で、芸術は長命です」というギエム。プログラムには書けなかったけれど、取材の半分ほど、動物愛護や反原発について語ってくれた熱血漢な方でした。

NBS公式ウェブサイト / マッツ・エク版『カルメン』シルヴィ・ギエムへのインタビュー

6月末にパリの超高級ホテル・ラファエルにてギエムにインタビュー。Tシャツ姿でホテルに入ったら、コンシエルジュになかなかギエムさんに取り次いでもらえなくて悲しくなった。マッツ・エク版のカルメンが、女性視点から言わせてもらうなら、一番メリメの原作に近いと語ってくれました。

地域創造 / 「地域の多様性を焙り出す、世界初のオンライン国立劇場 ナショナル・シアター・ウェールズ」

クリエイティブ・チーム全員で極めて民主的に話しあいを進めていくNTWについての8ページ記事を書きました。「演劇業界は、放っておくと閉じられた村社会を形成します。これは全く創造的環境ではありません。新鮮な才能がいつでもアクセスできるように、私たちは常に外部にオープンであるべき」と語ってくれました。

シアターガイド1月号 / 連載5回敵も血もない、現代の戦争物語」

エジンバラ演劇祭で好評だった一人芝居『 Grounded』について。アフガニスタンとパキスタンの国境線で「タリバン狩り」と称して爆撃を繰り返し、多くの無実な文人を殺害している米国によるドローン戦争。オデュッセウスが毎晩、安全に帰宅できてしまう時代の戦争演劇とは。

シアターガイド1月号 /  地面と床』岡田利規インタビュー

震災以後、根拠のない主観的物語により人を傷つけてしまうことを恐れて「沈黙」する人が大勢いるなか、彼は表現の副作用として暴力になることがあったとしても、語り続けることを選ぶと言います。

朝日新聞 12月5日夕刊 / 活字に頼らぬ「語り」の力

フェスティバル/トーキョーの総評を執筆しました。文字制限がなければ他公演にも触れたかったのですが、今回は、近代的「物語」成立以前の、原初の伝達様式としての「語り」に焦点を当て、『リミニ・プロトコルの『100%トーキョー』と小沢剛『光のない。(プロローグ?)』を取り上げました。

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【BLOG】リミニ・プロトコルの「顔のある統計学」

以前のブログ投稿に書いたレバノン出身作家 ラビア・ムルエにつづき、今回は リミニ・プロトコル紹介をします。とはいえ来週東京で『 100%トーキョー』を上演する彼らのことは、とっくに良く知っている人も多いはず。彼らはいわばドイツの「ドキュメンタリー演劇」シーンの代名詞的存在とみなされる人たちで、コアメンバーはシュテファン・ケーギ、ヘルガルド・ハウグ、ダニエル・ヴェッツェルの3人。彼らの作品は日本でも、何作か紹介されています。

01_Rimini1                                Das Kapital / Photo © Sebastian Hoppe

鉄道模型マニアの老人たちが、自国スイスの歴史とそこで生きる自分たちの人生を物語っていく『 ムネモパーク』(2008年来日)。マルクス研究者たちが昨今の貨幣や労働価値の破綻を実人生にあてはめて痛快に説いていく『 資本論』(2009年来日)。観客がまるで貨物のようにトラックの荷台に積まれて、東京近郊の消費物流ルートを見てまわる『 Cargo Tokyo-Yokohama』(同年来日)。またゼロ歳でドイツ人夫婦に養子にとられた韓国人女性の複雑なアイデンティティ問題を本人の語りにより淡々と紡いでいく『 ブラックタイ』(2011年来日)などです。これら一連の作品には、共通点がいくつかみられます。それは職業俳優が登場しないこと、ミメーシス的な演技を要する役柄が存在しないこと、そして単線的な筋行動としての戯曲が存在しないことです。つまりリミニ作品では、この世界に無数にちらばる現実の小さな物語に焦点があてられ、その物語の創造者であり実践者である当事者たちが括弧つきの「パフォーマンス」をしていくわけです。

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【ARTICLE】コミューンという共同体への憧れ

thumbs.php                           photo:Swamp Club © Martin Argyroglo

フランスの知人宅で一家団欒の食卓に加えてもらった際、驚いたことがある。中学生の息子さんが母親に塩を取ってもらうとき、砕けた言い方ではあるものの、文末に「シル・ヴ・プレ(すみません)」と付けたしたのだ。日本人同士だったなら「母さん、塩」で済んでしまう一文。だが国が変われば内輪であっても、きちんと他者への配慮を添える。家族といえどもあくまでもこの国では、母も子も利権を異にする別個人なのだと思わされる瞬間だった。

ことほどさように私と他者が明解に区分される社会に生きるためか、欧州演劇界ではときに、財産、時間、労働、価値尺度などをみんなでシェアするコミューンというものに対しての非現実的な憧れを目にすることがある。特に現代のような、ごく一部の人間による世界の私有財産化が極度に進んだ社会においては、共産主義的コミューンモデルが理想郷のように思えるのかもしれない。

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